住職のひとり言

住職のひとり言 平成21年

住職のひとり言は、日々感じたことを書かせて頂いています。
生きる力、苦しみを乗り越える力を身に付け、自分も人もいろんな思いをして生きている事に気付き、思いやりやいたわりの心をもって仲良く幸せに人生を過ごして頂きたく書いています。少しでも皆様の生きる力になれば幸いです。

初夢 H21.1.2

今年の初夢は「自己を見つめよ」ご本尊様からいただいたお言葉です。
今年は経済的には厳しい年の様です。こんな年は焦っても騒いでもどうにもならないのです。自分を見つめ、自己を高めていくことが大切です。そして、夫婦の絆、家族の絆をしっかりと結び、足下をしっかりと固める事。
そうすれば、どんな苦しみや悲しみが来ようとも乗り越えられると思います。そうご本尊様が教えてくれたのだと思う。
今年がどんな年になるのかは分かりませんが前を見て精進していく事です。今年どう生きるかによって来年の運勢が決まるでしょう。お互いにがんばりましょう。

跡取り息子 H21.1.18

高野山大学2回生の跡取りが成人式のため帰省した。
何を言い出すかと思えば「デザイナーになりたい。
後悔したくない」と言うのだ。はたはた困ったのであるが、「後悔したくない」この言葉に私は弱い。
なぜならば、私が人生選ばなければならないときに必ず後悔しない方はどちらかと選択して生きてきたからだ。たとえそれが間違いであっても自分で決めたこと、反省はしても絶対に後悔しない生き方をしてきた。だから息子の気持ちはよく分かる。私は息子を試すため、「夢に向かっていきたいのなら一日でも早いほうがいい山を下りろ」と言った。息子は3月までに結論を出すと言ったのだが、それから一週間ほどして電話がかかった。「山を下りる」と。息子の気持ちは確かなものだと確信し私は彼が跡を継ぐことを諦めた。
しかし、3月までまだ時間があるからいろんな人に相談してみなさいとその場は電話を切った。
それから数日後、息子が今一番尊敬している大円院の執事さんから「今のままではどちらも中途半端になるから先ず卒業しなさい」と言われたから後2年間学費を出して下さい。お願いします。と電話がなった。私は取りあえず胸をなぜおろした。
息子が後2年間ふらふらした気持ちでなく仏教の教えを学んでくれる事。今回の出来事は仏様が与えてくれたことではないか、そう思うと心から有り難い感謝の気持ちでいっぱいです。

大雪の星祭り H21.1.26

昨日無事に節分祭星祭りを終えた。大雪のため来訪者少なかったのは残念だが、寒いのにおうどんのお接待にきて下さった石橋地蔵会の方々の笑顔、素足に草履にもかかわらず10センチも積もっている雪の中テントを張って下さる水巻道場の皆さんの活気あふれるパワー本当に感謝感謝の一日でした。
また、高速道路が通行止めだったにも関わらず長崎からきて下さった方々、厄除けに餅を持ってお接待して下さった方々、足下の悪い中星祭りを楽しみにして来て下さった方々有難うございました。豆まき、餅まき、皆様の笑顔を拝見して嬉しかった。
また、福引き景品お年玉1万円が厄除けに餅を持って来て下さった方に当選されたこと。またお年玉5千円とデジカメを当選された方が境内の大木の剪定に来て下さった方であった事。お年玉5千円に朝早くから親子3人でお手伝いに来て下さった方に当選されたこと。
炊飯器、ホットプレート、オーブントースター、布団乾燥機、アイロン、電動歯ブラシ、米、熊手、その他いろいろ当選者番号が読まれるたびに歓声がが堂内に響き、皆さんと楽しい時間を過ごせたこと感謝感謝です。
また雪で来れなくて残念とたくさんの方々から電話を頂き本当に有難うございました。

受験生 H21.1.27

今日は、昨日来訪された中学3年生の高校受験日。
彼は私と話をしているとすぐ下を向く。「ほらほら、また下を向いたよ。人と話をするときは、相手の眼を見なさい。下を向いていたら相手の気持ちが分からないよ。もしも、自分と話をしていて下を向かれたり声が小さくなったら自分は嫌われているのかなぁと思わない?」そう私が言うと、彼は私の眼をきちんと見て話を聴いてくれた。本当に素直な子だ。きっと今日の試験は上手くいっただろう。受験生にとって今が一番辛いときだが、必ず春が来る。泣いても笑っても春は来る。後悔しないようにがんばってほしい。後は神仏に守ってもらいましょう。

初不動 H.21.1.28

今日は初不動の日 不動明王は大きな岩の上に座禅を組み物事に動じずしっかり眼を見開き落ち着いて何事もじっくり考え、実行してゆく事を私達に説いています。
今から30数年前「高野に行ったから後を継ぐとは限らないよ」と捨てせりふを言って高野山に登ったが、加行(僧侶の資格を得るための行)で護摩の魅力(護摩は一切の迷いを払いのけ仏の光明を以てその人の進むべき道を切り開く力がある)にとりつかれ、自分は坊さんになろうと決心した。丁度30年前の今日1月28日であった。これからも僧侶としてより一層心をこめ神仏と対話し、人に喜びを与えたいと思っている。

人の思い H21.2.2

昨日は、突然死で息子を亡くした方と幼いときに両親を亡くし孤児院で育ったという34歳の女性がお参りに来られた。お二人ともそんな過去があるとは思えないほど明るく前向きな方で楽しい一時を過ごした。しかし、夕方の勤行を終えると、「私は、本当に彼女らの思いを理解しているのだろうか。明るく振る舞えるまでの心の葛藤がいかなるものであったか」そう考えるともっと人の思いを大切にしなければと思っていた矢先、今日は、「旦那と大喧嘩した」とメールが届く。ご主人は幼い頃から父親に虐待されて育ったため喜怒哀楽が激しく夫婦げんかが絶えない。しかし、可愛そうなのだが私は幸せになるために旦那が変わるためにはあなたが変わりなさいと指導する。彼女は「何でここまで我慢しなければならないのですか」と泣きながら尋ねる。あなたが持った宿命、これを切らなければ幸せは来ない。仏心を持ちなさい。「すべての者を愛し、慈しみ、許せる心と待つ心を持ちなさい。そして、般若心経の心、こだわりを捨てなさい」と説く。1時間ほどして電話を切った。しかし、私は、本当に彼女の気持ちを理解しているのだろうか。自問自答する。観音様がそう言っているのだからしょうがないと。そして、この苦しみを乗り越えたとき、昨日来られたお二人のように明るく楽しくお話が出来るのだと。確信するのです

立春 H.21.2.4

今日は立春。暦の上では春です。心はときめいているところへ薩摩の焼酎が届く。またまた嬉しい。信者さんが私のために焼酎を送ってくれたのだ。本来ならご本尊様にお酒をお供えされるところだが、私が焼酎を晩酌しているとお話したところ、毎回焼酎をお供えして下さる。有り難い事です。また、御来山下さったご婦人からもお饅頭のお供えをいただいた。ここ二、三日で晩白柚、大分の名物荒城の月、大牟田の草木饅頭、長崎の酒など沢山頂き感謝しています。
ご本尊様に対する皆様の感謝の思いが痛切に伝わってきます。皆様の思いに報いるよう神仏と真剣に向き合い僧侶として恥じぬよう精進していきたいと立春に当たり改めて思う。合掌

初午 H.21.2.6

今日は初午です。
京都伏見稲荷のご祭神で、宇賀御霊神が山城国伊予郡の伊奈利山にお稲荷さんが降り立たれ日が初午で、春の訪れを祝う日とされています。一年中で最も運気の高まる日とされ、初午にお参りされると稲荷十徳を授かると言われ御利益を最もいただける日です。
当山でも今日は御神酒、野菜、饅頭、薄揚げ、鶏肉を供えお参りした。

修行道場 H.21.2.8

7~8日修行道場、お一人の参加。2月の滝行は冷たい。彼は丸めた頭が冷たかったと平気な顔して言う。根性のある方だ。彼は厄除けのため霊場巡りをはじめたと言うがかなりの信仰心である。彼とお話して一番印象的だったのが、今、当山のご本尊様とお大師様がとても良いお顔していらしゃるとお話したところ、自分は夕方お仏壇の阿弥陀様をおまいりするのですが、とても笑顔で私を出迎えて下さいます。有り難くて有り難くてたまりませんと眼を押さえながら涙声で話してくれた。仏様は不思議なことに毎日お顔の表情が変わる。それは、彼の心Jの状態であり、ご先祖様の心であり、阿弥陀様の心であると思う。仏様のお心を感じ取れる彼は、本当に神仏を信じ感謝の心でいっぱいなのだと思う。奉仕行有難うございました。境内は綺麗になりました。又、唐津から、市場に寄ってきて、鯛、牡蠣、わかめに海苔沢山のお土産持って、ご夫婦で滝場の清掃にきて下さって有難うございます。感謝でいっぱいです。皆様のご尽力に感謝致します。

人は変わる H.21.2.8

今日は供養祭。久しぶりに彼女が供養祭に来られた。いつも分からないことや不安になると電話を下さる。一日数回下さることもある。どちらかというとマイナス思考の方でした。でも、最近彼女は変わった。「数ヶ月前にあったことの結果がいろいろ出てくる。あの時あんな事があったのは、私にこのことを神仏が教えたかったからですね。」「不思議なご縁をいただいていろんな事を考えさせられます。今まで主人をないがしろにしていたわけではないのですが、これからはもっと主人を大切にしていきます。」「私は今まで我が儘で人に優しく出来ないと思っていましたが、私でも人に優しくできることに気づきました。もっと人を大切にしていきます。」いつも有難うございます。感謝感謝でいっぱいですと。人は変わるのだと彼女を見ていて思う。もっともっと沢山の方が神仏とご縁をいただいて幸せを感じてほしいと改めて思う。

愛が分からない H.21.2.13

母親の愛情を受けずに育った41歳の女性に親子の絆を説いたのだが、彼女は愛情を受けずに育った私には愛が分からない。言われることは頭で分かるが、心では愛が分からない理解できないと言うのだ。ご主人を愛しているから結婚したんでしょうと尋ねると、成り行きで結婚した。今でも愛しているかというと分からないという。母親の愛情がどれ程大切か彼女を見ていて思う。しかし、本当に母親の愛情が足らなかったのだろうか。彼女が親の愛情を受け取れなかったのではないだろうか。なぜなら、父親は母親の分までかわいがってくれたが、それは当たり前だという。どちらにしても、私は彼女に愛を説いていく。心から幸せだと思ってもらいたいから。人は、一人では生きていけない支え合って生きていくのだ。そのためには、過去のこだわりを捨て、自分を磨いていくしかない。彼女ならそれが出来ると信じている。

恵比寿大黒天様 H.21.2.15

平成18年9月23日、台湾の方から恵比寿大黒天様を奉納頂いて2年半。「2年半も拝み込むと、仏様(恵比寿大黒天)に力が付いてきたなぁ、有り難いなぁ」と思っていたところ、信者さんから、100万円宝くじが当たったと報告を受けた。「やっぱりお力をおかし下さっていたんだ」と、びっくりするやら有り難いやら感動した。きっと今からもっとお力をおかし下さるだろう。当山で宝くじ入れを購入された方期待していて下さい。しっかり拝み込みますから。だだし皆さんも善徳を積み、先祖に感謝してどんなことがあっても神仏を信じ、苦しみを乗り越えて下さい。必ずご褒美をもってちゃんと見ていて下さるから。お互いに精進しましょう。

弘法大師開眼供養 H21.2.28

今日は、弘法大師様石像を奉納頂き開眼供養(魂入れ)をした。
弘法大師様のお姿は、衆生済度のため右手に持たれた五鈷杵を私達に向けて御加持(守護)して下さっています。お大師様の思いがひしひしと伝わってきて感謝でいっぱいになります。
感謝と言えば、昨日お大師様から頂いたお言葉が「感謝」でした。本日奉納頂きました方へ感謝しなさい。すべての事に感謝しなさいと教えて下さったのでしょう。
皆様方の幸せを願いこれからも精進していきたいと改めて思う一日でした。

卒業 H21.3.1

今日は、高校の卒業式。我が家の3番目の末息子もいじめに遭いどうなるのか心配したが無事卒業をした。
卒業生達は、卒業を迎える喜びと、進学をする者、就職をする者それぞれ進路は違うけれども将来に対する夢と希望に満ち、皆さわやかな笑顔であった。これから、20年、30年後の彼らはどのようになっているのだろうか。楽しみである。
我が家の息子は、親の思いとは裏腹に東京の専門学校に行きたいと言いだした。次男ではあるが仏教の勉強をするなら学費を出してあげるが、そうでなければださないというと、新聞奨学生でがんばるとパンフレットを持ってきた。東京に面接に行き、まだまだ先のことと思っていたが、3月7日一人で東京へ旅立つ。本当に午前2時半に起き新聞配達が出来るのだろうか。心配である。
しかし、娘がこう言った。「いじめに遭ったから見返してやりたい。根性も付いたし東京に行く事になった。お地蔵様が全ては与えられていると言ったのだと思うよ」と、本当に娘の言うと通りである。息子にとって、大変で辛い2年間が始まるが、親はただただ神仏に祈るのみです。私と同じような思いで今日を迎えた親達がきっと沢山いらしゃる事でしょう。親子共々がんばりましょう。

鈴の音 H21.3.3

先日清掃行(当山祈願塩の塩水で家中を拭き掃除と玄関と家の周りに水を撒き祈願塩で清めるお行を3ヶ月間する行)を無事終えましたと、ご婦人から連絡を頂き、今後どうしたらいいですかと尋ねられたので、「水に祈願塩と御神酒を入れ家中をスプレイして家の中を清めたらいいですよ。」とアドバイスしていた。
すると、ご婦人から尋ねたい事がありますと電話が入った。「3月1日午前3時半頃不思議な鈴と鐘の様な音がして目が覚めた。あまりにも不思議な音だったので気になるのですが、あれは何だったのでしょうか。」と尋ねる。私はにっこりと答える。「神様は1日、15日お社から見回りに降りて来られるのです。神様があなたに降りて来られた事を教えて下さったのです。有り難いことです。しかし、神様は不浄を嫌うのでしっかり清掃行をして下さい。そして、家族の和を大切にして家族仲良く暮らしなさいと教えて下さったのです。しっかり精進して下さい。」本当に有り難いことです。鈴の音を聞くことが出来たご婦人の神仏へも思いが伝わって来ます。これからももっと神仏とご縁を深めていただき今以上に幸せになっていただきたい。電話を切って合掌する私でした。

祀る H21.3.10

「寝室の床の間に仏様をお祀りしているがよろしいでしょうか」と、相談を受けた。一番注意していただきたいことは、北向きにならないことです。また、お勤め(読経)される時に見下ろすことも良くないですね。寝室ということですので、仏壇のように閉じれるとよろしいのですが、神仏の前で夫婦の営みをされる事は慎んだ方がよろしいかと思います。皆さん知らないことが沢山あるかと思います。気になることがあればいつでもご相談下さい。

感謝 H21.3.12

今日は、毎月篠栗を月参りされる方から宅急便が届く。開封してみると、護摩堂寄付金と十数名の寄進者名簿が入っていた。この不景気の中多額の寄付を頂けるなんて有り難く感謝感謝でいっぱいです。皆様がどんな思いでご寄付下さったのかなぁと思うと今以上に精進していかなければと気合いが入る私です。
また、先日宮城県にトイレのお札をお送りしたのですが感謝のお手紙を頂き感謝。
又、直方市の女性がトイレのお札を買いに下さったのですが、毎日一口法話楽しみにしていますとケーキを持ってきて下さり感謝感謝です。また、参拝者の方にお菓子をお接待させて頂いたのですが大変喜んで下さり、嬉しく思っています。
毎日皆様のおかげで感謝の日々を送らせて頂き私は幸せ者と本尊様に感謝しています。有難うございます。合掌

当たり前 H21.3.13

今日は、仏様から角度を変えてみると見えないものが見えてくると教えられた。近くから見ても見えないが、少し離れてみると見えてくる事がある。
信仰の世界では、見えないものが見えたり、聞こるはずがないことが聞こえたり不思議なことがあるのだが、人の世界はどうだろう。見えているのに見えない事が多いように思う。それは、当たり前と思って感謝が足らないからだろうか。
1ヶ月ほど前に、東京に行った甥っ子が祖母に電話してきて、「婆ちゃん、親元離れて初めて親のありがたみが分かった。家にお金も入れず、食事を作ってもらって洗濯してもらって当たり前と思っていた。東京に来てしみじみと感じる。僕は、感謝が足らなかった」と。
甥っ子は、日本の中心である東京でパテシエ(ケーキ職人)としての腕を上げたいと5ヶ月前に東京に行き仕事先を決めてきた。ところが、1月末で退職して連絡を取ったが不景気でもう来なくていいと言われた。それでも、甥っ子は夢を諦めきれず東京へ旅立った。
人は、感謝がたりないと見えるものが見えないようです。もっと心にゆとりをもち全ての事に感謝して過ごしたいですね。命の源である親に感謝、恩を感じる事のできた甥っ子は不安はあっても乗り越えられるだけの自信をもつことができたと私は信じている。親に心が繋がると言うことは幸せの第一条件です。

お宮参り H21.3.14

今日は、昨年から安産祈願されていた若夫婦とご両親が、御礼と無事成長祈願に来られた。
お子さんを中心に皆さん心は一つ。ほのぼのとした光景でした。これから、夫婦の絆と、親としての責任を果たしていく若夫婦ですが、人として大きく成長していく事でしょう。
新しい命、全く純粋な魂。今から、親、縁ある全ての人々によっていろんな色に染まっていく。一番大切なのはどれだけ愛情をもらって育つかだと思う。しかし、その愛情が偏っていてはならない。教育は、字の如く教え、育てると書く。いつもほほえんで優しい言葉で教えていく。
例えば、お皿を割る。「ケガしなくて良かったね。気を付けようね。」と言って一緒に片付ける。反対に、「そのお皿高かったのに割ってからサッサと片付けなさい」と言って怒る。子供は自分よりお皿が大切なんだ、自分のことは心配じゃないと思う。ちょっとしたことだが親は賢く子育てした方がいい。優しい子供に育てた方がいい。なぜならば、いつか自分は年老いてしまうから。親から優しくしてもらってない子は親に優しくできない。親に恩を感じて育たなかった人は子孫繁栄に繋がりにくい。心から幸せを感じにくい。本当かどうか試して下さい。

高校受験合格発表 H21.3.18

今日は、高校受験発表。泣く子、笑う子様々でしょう。
親も子もこの日のために、どれだけ不安と戦ってきたでしょう。やっと解放されたのですが、希望どうりにいかなかった家族は、どんなに辛い夜を過ごしていることでしょう。しかし。全ては与えられているのです。しっかりと現実を見つめ、過去の反省とプラス思考で前向きに物事を捉え、楽しい学校生活にするための努力を惜しまないことです。反対に合格された方、自分が合格したと言うことは落ちた人がいることに気づきしっかりと勉学に励んで下さい。安い月謝で勉強できるのです。感謝を忘れてはいけません。
当山も夕方合格しましたと御礼に親子で来山下さった方。落ちましたとメールでお知らせを下さった方様々ですが、観音様があなたのために選んだ事です。道は開けるはずです。
親子共々がんばりましょう。

お彼岸 H21.3.20

今日はお彼岸の中日。昼と夜の時間が同じです。どちらにも偏らない中道を歩み、仏様の心に少しでも近づきこの世に極楽浄土(悟りの世界)を作り幸せに生きるということです。お彼岸は、お墓参りをしてご先祖様を偲び、ご先祖様からの命の継承である自分の命に、感謝と報恩の心をとりもどすことが大切です。不安や悩みを多く持つ人ほど、親に産んで育ててもらった恩を感じていない人が多いようです。たとえどんな親でも感謝を忘れてはいけない。これがこの世の最初の修行なのです。雑草の中から、つくしのように太陽の光(仏の慈悲)を浴び、すくすくと成長していきたものです。

お地蔵様と息子 H21.3.24

24日はお地蔵様のご縁日。お地蔵様といえば、いじめられ学校へ行きたくないと言った息子の事を思い出す。お地蔵様から「全ては与えられている」とお言葉を頂き、親としてただただ祈るだけだった。無事卒業した息子に、3月1日の住職のひとりごと「卒業」を読ませたところ、「僕がいじめで思ったことはこんな事じゃない。どんなに辛く苦しくても逃げたらだめ。一度逃げたら逃げ癖がつきそうで怖かった。人を変えることよりも自分が変わらないとだめなんだ。そう思ってがんばった。僕はそれをホームページで伝えてほしい」と息子から言われた。
今のところ泣き言言わず毎朝2時半に新聞配達をしている息子だが、4月3日から自分の夢に向かって専門学生としてがんばる。仕事と両立していけるのだろうか。親はいつまで経っても我が子の事が心配である。今にして18年間子供に何をしてあげただろうか自問自答している。
年中無休の寺をあずかる私は、親としてではなく、住職として生きてきた。子供達もそれを理解して、というよりも諦めていたと言うべきかもしれない。これからも何もしてあげられないだろう。やはりこれからも住職としてではなく親としてただただ祈る事しかできない。今、駐車場の純白の木蓮が美しい。
いつまでも純粋な美しい心で、寺に産まれてきた者として世のため人のために役に立つ人間になってほしい。そう願うわたしです

不動明王と祈願 H21.3.28

今、郷の原は桜が満開である。
昨日は高野山から帰宅。高野はさすがに雪が降り寒かった。
今日は28日お不動様のご縁日。滝に打たれ護摩を焚く。皆様からご依頼の祈願のため一心にご祈祷させて頂くご縁に感謝致します。人それぞれ悩みや苦しみは違うけれど、又、健康で幸せに暮らしたいと思う思いに何も変わりなく、私はただ一心に祈る。
不動明王のお顔は時として恐ろしく感じるが慈悲の表れです。子供が転んだとき、母親はびっくりして「うわっ」と血相を変えます。お不動様のお顔はその時の母親の顔と同じだと思います。助けなければと必死なのです。
不動明王の慈悲と、祈祷する私の祈りと、皆様の神仏を信じる思いと日頃の功徳と精進によって祈願は成就します。
不動明王の心を動かすため、私と一緒に精進しましょう。仏道を歩みましょう。

プロに徹しなさい H21.3.31

昨日、〇〇寺で供養をして頂くんですよと嬉しそうにお話しされた方から、自分の思っていた有り難い供養がされなかったとメールを頂いた。
同業者として複雑な思いだったが、26日に本尊聖観世音菩薩様から頂いた言葉を思い出す。
「プロに徹しなさい」この言葉を頂くと言うことは、本尊様から見て、まだまだ私は未熟なのだと反省していたところだった。
私は、常に息子に「衣着て、袈裟して数珠をもって祈願をしても、心が坊主でなかったら、人、一人だって救えない」と言ってきた。そんな自分は、本当に心が坊主なのか。祈願や供養をされる方の心を受け取っているのだろうか。もっと自分自身の心を磨いていかなければと思った。
坊主の世界だけでなく、お金を頂くと言うことは、プロです。失敗は許されないのです。出来て当たり前です。いつもそのことを肝に命じて精進していかなければならないと思った。
先ずは、勉学に励み、知識を智慧に変えていけるように努力していこう。今日で3月も終わり。明日から4月、新学期の始まりです。心新たにがんばろう。

霊場巡りH21.4.1

今日から4月。篠栗霊場は参拝客で賑わう季節となりました。
皆様色々な思いでこの篠栗を参拝される。毎月お参りされる方、毎年お参りされる方、供養で参拝される方。御祈願で参拝される方。修行で参拝される方、報恩感謝で参拝される方、救いを求めて参拝される方、観光で参拝される方、本当に人それぞれです。私は、にこやかに楽しそうにご本尊様に感謝の心で参拝される方を拝見したとき、本当にほのぼのと嬉しくなります。世の中の全ての人がこんな穏やかな心になってくれたらこの世は極楽浄土となり幸せになると思います。
私に出来ることは、仏教の教えを広めていくこと。どうしたらこの素晴らしい仏教の教えを広めていけるのだろうか。なかなかいい案が浮かばない。先ずは、お参りされた方に声をかけていこうと思う。

親の思い H21.4.2

親の思いは、海より広く深い。いや、宇宙に匹敵する。
そう、菩薩様慈悲の固まりである。
親も子もそのことに気付いてほしい。

お接待 H21.4.4

今日は、篠栗駅長おすすめJR九州ウォーキングがあった。
信者さんから「飴のお接待をされてはいかがですか。お手伝いしますから」とご提案頂き、提案者本人と協賛頂いた親子の方に、この一週間原稿作り、飴玉などの買い出し、袋詰めなど夜遅くまで協力頂き感謝でいっぱいです。有難うございました。
あいにくの雨でしたが、飴のお接待、甘茶のお接待、お茶のお接待、ウォーキング参加者、参拝者の皆様に喜んで頂き大変嬉しく思っています。
お接待を終わられて信者さんから「皆さんから喜ばれてお接待がこんなに気持ちのいいものだとは思いませんでした」とお言葉を頂いき、「お接待して良かった。協力してもらって良かった」と心から感じました。本当に今日は気持ちのいい1日でした。
これも協力頂いた皆様のお陰です。本当に4人の皆様お疲れ様でした。有難うございました。心から感謝申し上げます。合掌

心に話しかける H21.4.5

先日、15歳の今春高校1年生の男の子から「住職さんは、僕の心に話しかける」と言われた。又、今日は「この世でただ一人住職さんの気持ちだけは忘れません」とメールを頂いた。
15歳の男の子に詳しく尋ねてみたかったのだが聞きそびれてしまった。自分なりに考えてみた。私は、皆さんに幸せになってもらいたい。苦しみや悲しみを乗り越えて本当の幸せに気付いてほしい。そのためには、仏教の素晴らしさを伝えたい。どうお話をしたら分かってもらえるのか、真剣に相手のことを思って嫌なことでも話をしている。ただ上辺だけのきれい事だけ並べ取りあえず話をする事はない。いつも真剣だ。それが、彼の心に話しかけると思われた理由なのかと。
現代人は、上辺だけで付き合っている人が多い。当たりさわらずその場をとうり抜け適当である。
メールをくれた彼はきっと私以上に心配してくれる人はいないのでしょう。寂しいことです。
もっと、心に話しかけてほしい。子供に、部下に、自分に縁ある全ての人にあなたの菩提心(慈悲の心)を伝えてほしい。一緒に生きていることを一人でないことを伝えてほしい。
それが私の願いです。神仏の願いです。仏教は本当に素晴らしい。

花祭り H21.4.8

今日は、お釈迦様ご生誕を祝う花祭り。
お釈迦様はお生まれになられて、七歩歩いて天と地を指差して「天上天下唯我独尊」とおっしゃいました。「天の上にも天の下にも自分が一番尊い。自分がそう思うように人も皆そう思っている。同じなんだよ。だから、自分も人も大切にしましょう。」と説かれました。
当山では、花祭りに甘茶のお接待をさせて頂きました。
お釈迦様に合掌してお姿に甘茶をかけ、無病息災を願って甘茶を頂く。年に一度の有り難いお釈迦様のご縁をいただこうとわざわざ「甘茶のお接待されていますか」と電話をされてご来山頂く方もいっらしゃいました。
仏教徒である私達日本人は、もっとお釈迦様の事、仏教の事を知って頂きたいと思います。私も精進してまいります。

地獄に堕ちる H21.4.9

昨日、「私は地獄に堕ちますか」と電話で尋ねられた。返答に困りましたが、尋ねられた時点で答えはでている。なぜならば、自分のことは自分が知っている。自分は良い行いをしていないのではないかと気付いている。しかし、彼女は救われる。自分の生き方が間違っていたことを認め、懺悔と感謝また世のため人のため善根功徳を積む事に残りの人生生きていけばいい。
本当に神仏が救えない人は、自分はいい人間だと思って反省や懺悔がない人。そんな人は自分の悪業に気付いていない。気付かなければ神仏も救えない。日々懺悔と感謝で生きていきたいものです。

夫婦の絆 H21.4.12

今日は、供養祭。ご本尊様からお呼ばれになられた方々と一緒におとき(食事)を頂く。あるご婦人の側にいくと私の言葉をかりてご本尊様からのメッセージが届く。ご婦人の話では、「主人は頑固なので私はずっと言いなりでハイハイと主人の機嫌をを損ねないように生きてきました。現在まで女性関係で悩まされました」と。お腹の中に我慢という固まりがつまっているから、それを取り除きなさい。ご主人を変えようと思っても変わらないから自分が変わりなさい。心の清算をして本当の夫婦になりなさい。絆を取り戻しなさいと。このままいくと色情因縁は孫に引き継がれ子孫繁栄はあり得ないというメッセージでした。これは、その場におられた方皆様へのメッセージでもあります。本当の幸せをつかむためにご本尊様から頂いた有り難いお言葉。皆さんそれぞれにいろんな思いを持って帰路についたと思いますが、どんなに有り難いお言葉を頂いても本人が精進しなければ前には進まない。精進して幸せになってもらいたいと心から祈る私でした。

苦しみを乗り越えて H21.4.14

 『みんなみんな 幸せになぁれ 幸せになるために 生まれてきたのだから』
これは、私が心から皆さんの幸せを願い当山玄関に書いている言葉です。
今日、一口法話メール退会された方から「上から物を言われているような気がしてホッとするどころか苦しかった」と退会理由を頂き、反省をしています。皆さんが幸せになるため精進したいと思います。
今日の一口法話「不幸な人生の不幸の一つは親の愛情を受けて育ってない事である。しっかりと愛情をかけてやる事、しっかりと愛情を受け止めてやる事共に大切です。合掌」
きっと今日退会させた方は親の愛情を感じることなく育った方なのでしょう。でも、苦しみから逃げないでほしい。逃げても何も始まらない。私達は前世のドラマにより、神仏との約束によってこの世に生まれてきた。両親を選ぶことなくこの世でやらなければならない何かを背負って生まれてきた。もし自分の思う親でないならばこれが最初に与えられた修行です。産んでもらった恩と育ててもらった感謝を忘れてはいけない。慈悲の心を持ってほしい。憎しみの心は何のメリットもない。それどころか自分の運命を低下させるだけです。苦しみを乗り越えたとき神仏の慈悲の心は動きご褒美を下さる。そして心の安堵は訪れ、幸せになるのです。どうか逃げないで下さい。あなたは苦しみを乗り越えられます。幸せになりましょう。合掌

素直 H21.4.17

4月10日観音様から、信者さんとお話をして感じたことをお話してあげなさいとお言葉を頂いた。
今日は先祖供養にご来山頂いたご婦人との話の中で、「双子の娘と息子は結婚出来るでしょうか」と尋ねられた。縁遠い子供を持つ方に親との関係が上手くいっていない人が多い。ご婦人も「私は、結婚当初より、お金お金とせびる姑が大嫌いでした」と。また、「主人は長男ですが、1円も財産をもらっていないので先祖は見ていません」と。
しかし、私は「長男は、先祖を守る義務がある。生きている内に親孝行してあげて下さい。必ずあの世に旅立つとき、〇〇さん有難うといってくれるから。それが、子孫繁栄に繋がるんですよ」と。
ご婦人は、最初は嫌そうに言っていましたが、分かりました。がんばりますと帰路に着かれた。素直に話を聴いて下さったご婦人に感謝します。そして、心から頑張って下さいと祈る私です。
なぜなら、3月就職お礼にご来山頂いたご婦人とお話しする中で実父との関係が良くない事が分かったのですが「私はお礼で来たのであって、父の話をしにきた訳ではありません。私は絶対に父を許す事が出来ません」と言われたからです。いつか、分かってくれる日が訪れる事を願っています。

前世からの縁 H21.4.19

一週間ほど前から座禅をすすめたいと思っていた信者さんに、今日電話で話をした。すると、信者さんは、「数日前から何度も私は座禅をしている夢を見ました。今日は、座禅という声がどこからかしたんです。私は耳の錯覚かなと思っていましたがやっと意味が分かりました」と。元々霊感の強い方なのだが、彼女の話はまだ終わらなかった。「私は篠栗に入ると、時々前世が見えるんです。前世でも助けて、助けてと、住職さんに助けてもらっていたんです。きっと私は死ぬまで前世のように85番にお参りして住職さんに助けてもらうんでしょうね」と。
信者さんの話はたぶん本当でしょう。昔から、この世の縁は、前世からの縁だと言われています。親子、夫婦、友人、みんな縁ある人だと。良い縁はより良い縁に、前世で解決出来なかった悪い縁はこの世で清算するために与えられています。彼女だけに限らず、関わる全ての方々と良い縁にしていきたいと思います。

山伏塚 H21.4.22

郷の原は、昔、山伏達の修行の場でした。今でも山中には山伏塚がある。2年前の今日、塚にトウバを立てた。私が幼かった頃、祖母の夢枕に山伏が供養をして欲しいと立たれ、宝山寺の先代と祖母と父と私は山伏塚へ行った。お経をあげていると稲光が光ったと思ったら、祖母がその場に倒れたことを思い出す。祖母は、毎日塚にいけないので土を持って帰り供養していた。そのことが気にかかり2年前トウバを立てた。今日は久しぶりに蝋燭と線香、饅頭とお茶をもって山伏塚に行ってきた。こんな山奥で苦行の末無念で亡くなられた山伏達。どんな思いで亡くなったのでしょう。まだまだ、私は甘えているなと改めて思う。いつか沢山の修行者達が、この山伏塚に参拝して御利益いただける日が来たら良いな。それが山伏達の供養に繋がると思う私です。

足下を見よ H21.4.25

読経中「もっと足下を見よ」観音様からのお言葉。髭をはやしたお坊様が私の左横から一緒にお経を唱えている。(たぶん先代住職でしょう)私に力を貸して下さっている。有り難いことです。しかし、まだまだ努力が足らないのでしょう。「足下を見よ」今年の初夢「自己を見つめよ」と同じ事をまだ言われている。自分では努力をしているつもりだが、仏様から見てまだ足らない。初心に返ってもう一度やり直し。心を磨かなければならない。頭で考えるのではなく、心で見る。真をもって神仏と向き合わなければ心は通じない。信者さんとも通じない。心は見えないけれど一番大切なもの。言葉や表情や行いに現れるもの。上辺だけではならない。学生時代、先輩が言われた「誠をもって成せ」その言葉を改めて受け止める私です。

うつ病 H21.4.27

「娘がうつ病で悩んだ」という信者さんの話。
娘が学生の頃、先生の言葉に落ちこみうつ病になった。私はどう対処して良いのか分からず、「どうしてそんなことに落ち込むの。しっかりしなさい。頑張りなさい」と娘を責めていた。友人に尋ねては、「私は間違ってないよね。私は正しいよねえ」と自分の上辺ばかり気にして、自分を正当化して、娘の気持ち理解することが出来ませんでした。月日がたつ内にそんな自分が間違っていた。自分の考えばかり押しつけて娘を追い込んでいるのは自分だった事に気付いた。それからは、娘をそっとしておくように努め、娘から相談された時は娘の話に耳を傾けた。少しずつ娘は変わっていき、今では薬を飲むことも無くなった。最近息子の嫁が、うつ病で数ヶ月入院していたが、娘のうつ病のお陰で、私は嫁を責めることなく、そっと見守ることが出来ました。
きっと、嫁がうつ病になることを知っていて神様が私にうつ病の対処の仕方を教えて下さったのでしょう。今思えば有り難い事だと感謝しています。
彼女は、全てを前向きに捉え素晴らしい方だなぁと思いました。うつ病で悩んでいる方が彼女のように捉えてくれたら良いなぁと願う私です。

思いやり、心遣いH21.4.30

今日は、私の○歳の誕生日。歳を重ねるごとに若返ろうと思っている私だが……。有り難いことに信者さんと娘からバースデイコールがなる。思ってもいないことでしたのでとても嬉しかった。家族は勿論、誰かが自分の事に気遣いしてくれることは本当に嬉しいもの。誕生日や母の日、父の日、敬老の日、こどもの日、いろんな行事や節目にみんなが心を寄せることは、家族の絆を深める大切な事だと私は思う。今、世の中は家族が希薄になり家族がバラバラ、自己主張ばかりして互いが思いやり協力し合う事が少ないように思う。幸せの根底は家庭にある。誰かのせいにするのではなく本当にこれで良いのか父親も母親も子供も自分自信を見つめてほしい。そうすればきっと楽しい家庭となり楽しい人生がおくれるはず。そういう私も誕生日をむかえて精進したいと思う。

護摩堂建立 H21.5.1

今日から五月です。正、五、九月は良くない月です。今月病気したり入院すると長引くと言われます。縁ある皆さんが何事もなく今月を過ごして頂けますよう神仏にお祈り致しております。
さて、護摩堂をどこへ建てたら良いのか悩んでいましたが、やっとご本尊様からご指示を頂きました。しかし、本当にこれでよいのか悩んでいます。本堂向かって左に建て増しにてつなぎで建てるよう言われました。皆さんから頂いた寄付金、建て増しで納得頂けるのだろうか。とはいっても本尊様からの指示では致仕方ございません。それよりも、寄付金現在350万円くらい。まだまだ目標額の1,500万円には程遠い。焦っても仕方がないのでただ祈るのみ。場所を教えて下さったように、今度は来年のいつ建てたらよいのかご指示下さるだろう。本当に有り難いとです。信仰する方は、自分が迷った時一心に祈ってみて下さい。必ず神仏からお導き頂けますから。祈りほど素晴らしものはない。奇跡は起こるのですから。あなたも精進してみて下さい。合掌

法事 H21.5.3

「まぁー、昨日あれから帰って調べて見ましたら4月20日実家の母の23回忌だったんですよ。今日は主人の13回忌と母の23回忌を一緒にお願いしょうと思って参りました」と昨日「明日の法事でお忙しい思いをさせては申し訳け無いので早めにお花を持って参りました」とご来山頂いた檀家さんからのお話です。
実は、昨日のお話の中で「母がですね」と話をされた途端、堂内に「ビシィッ」と大きな音がした。「これはおかしいなぁ」と思って「誰か命日はないですか。帰ったらお位牌を調べて下さい。」と会話していたのです。無事法事を終え「昨日来て良かった。主人の事しか頭になく母の法事を忘れるところでした。今日こうして主人と母の年忌供養を一緒にお願い出来て安心しました。有難うございました」と喜んで下さいました。私にとっても、ご先祖様はいつも私達の側にいらっしゃる事と年忌法要をどれだけ楽しみにしているのか教えて下さった今日の出来事は大変嬉しく有り難い事でした。
話は変わって、今日は忙しかった。昨日からの修行道場4名様参加。駐車場の草取りをして頂き綺麗になりました。有難うございました。また、佐賀、鹿児島、長崎と遠路お参りに頂き、しかも、「ホームページで住職さんは焼酎がお好きと書かれていたので鹿児島の焼酎召し上がって下さい」とお供え頂き有難うございました。これも本尊様のお陰と感謝致します。有難うございました。合掌

座禅 H21.5.4

先日から座禅をすすめていた信者さんと今日初めて座禅を組んだ。観音様から自分を見てくださいから始まって、自分を取り巻く縁ある人々の思い、そして前世の自分を見つめる、問いかけ方式の座禅。終わって彼女は涙を流していた。敢えて涙を流した理由を私は聞かなかった。この座禅で分かった事は、彼女は守られている事とご主人のご先祖様が救いを求めていること。
夜、彼女からメールが届く「明日主人の実家に行く為にガソリンを入れに行ったついでにタイヤを見てもらったらパンクしていました。明日朝から高速に乗る予定だったので危なかったです。またお助けがありました。有難うございました」改めて彼女は守られていると実感した。夜、お勤行の後「今日の座禅方式はこれで良かったのですか」と座禅を組みながら尋ねてみた。彼女の寂しそうな横顔がよぎる。私は彼女の気持ちをまだまだ理解していないのかもしれない。「私は彼女を助けるために何をしたらよろしいですか」と尋ねてみた。なかなか教えて下さらない。座禅を組んでいる30分の間、ただ水のゴボゴボゴボッ、ゴボゴボゴボッという音が堂内に響く。彼女のご主人も彼女も宮崎出身の平家の落ち武者らしい。水の音は海に沈んでいくご先祖様なのかもしれない。まだまだ時間はかかるかもしれないが、彼女と本尊様の前に座ってお導きを頂こうと思う。

嬉しいメール H21.5.5

昨日、座禅を組んだ信者さんからメールが届く。「今、宮崎からの帰り道ですが、今日、自分が周りの人にどれだけ愛されているかわかりました。そして凄く心配をかけ悲しませているか。涙が止まらず頭が痛くてどうかなりそうです。叔母や従姉妹達ご先祖様に感謝してもしきれません。ご住職様いつも私を助けて下さって有難うございます。心から感謝しています。」彼女は、元々持病の偏頭痛を持っている。もしかしたら今回の件で少し軽くなるかもしれない。なぜなら、昨日座禅の際、誰かが掌を出して自分の頭をさすってくれたそうです。そして「大丈夫だから」と言われたそうです。その後、座禅の呼吸法をして頭の痛みは和らいだそうです。それと「足を地につけなさい」と本尊様から言われたそうです。愛されていることを知った彼女は自分に自信を持ち前向きに対処する事が出来るでしょう。彼女の喜びは私の喜びです。本当の幸せに近づいていくために彼女をもっと応援していこう。まだまだ乗り切らなければならない壁が沢山ありますが彼女なら大丈夫。信じて一緒に頑張りたい。

怨みねたみ H21.5.6

この世の中で一番怖いものは、お化けでも悪霊でもない。怨みやねたみ生き霊である。これが、親、兄弟、親戚であれば一番恨めしい。血の繋がった者達のご先祖様は皆同じである。ご先祖様は子孫が争いをしていて成仏するはずがない。とても悲しんでいる。どうかお互いに怨みやねたむ事なく自分が正しくともこれがこの世の修行と思って、相手の心が穏やかになるよう祈って欲しい。神仏は見ています。ご褒美を持って見ています。親兄弟親戚は共に子孫繁栄しいかなければいけません。もちろん、他人同士でも同じである。仲良くしていくことが一番である。先ずは、自分が人に対して怨むことなくねたむことなく正しい生き方をしていくことが大切です。

罪の意識 H21.5.8

昨年不動明王さまから「地獄に堕ちるぞ」と言われた彼女が動き出す。三月にも不動明王様から呼ばれたが彼女は動かなかった。今回このチャンスを逃したら私は彼女を救うことが出来ないと思い、強い口調で来山するよう促した。ところが「体調が悪いのに来なさいとはどういう事か。仏様は人を救うのであって地獄に堕とすとはどういう事か。私はそんなに悪いことをしていない」と始まった。喉元過ぎれば熱さ忘れるで全く罪の意識がない。何を言っても話は平行線。神仏の目から話すしかない。「あなたが私だったらあなたは私を救いますか」と尋ねると「いいえ」と答えた。「普通の人でしたら怨みはしてもあなたを救うことは無いでしょう。でも、不動明王さまのお慈悲によって救いなさいと言われるから、私はあなたを救うのです。あなたは不動明王様に好かれているのです。幸せになります。だから来て下さい」彼女は「幸せになりますか。幸せになりますか」と二度も聞いた。彼女は今人生のどん底にいる。私は「不動明王様にお慈悲を頂いたのですから絶対に幸せになります。私は信じています。私を信じてついてきて下さい」と答える。やっと冷静になった彼女は言葉が過ぎましたと謝られ来山の約束をした。彼女を救うにはかなりの時間がかかりそうだ。慌てず焦らずゆっくりと彼女と向き合っていこう。

正直者が馬鹿を見る H21.5.10

「正直者が馬鹿を見る」先日信者さんが口にした言葉です。果たしてそうでしょうか。確かに要領が良い者が徳をする。計算高い者が徳をする時代ではありますが、徳をもらってばかりで徳を積んでいるわけではない。結局、神仏の眼で見た場合人から借金をしているようなもの。正直に真面目にコツコツと努力していればいつか必ず道は開けると私は思う。なぜなら、神仏は平等に私達を見ている。努力した者には必ずお力を貸して下さる。言い方を変えると行動を取らない者には力を貸さない。行動したことの結果しかない。厳しいかもしれないがこれが現実です。正直者が馬鹿をみると嘆くより、正直者は最後は勝と思って努力して欲しい。

理由 H21.5.12

先日、信者さんから「なぜ先月の供養祭の時にあんな事を言われたのですか」と理由を尋ねられた。あなたの側に行くと私の額が痛くなり仏様が何か言われていました。私は、仏様から、「信者さんはみんな悩みを持って来ているのだから、よく話を聞いて感じる事を話してあげなさい」と言われているので感じるままに話をさせて頂きました。信者さんは「確かに私は主人に気を遣いすぎて胃炎や潰瘍で薬を飲むことがあります。でも主人はもうあれで良いと思っています。自分が我慢すれば家の中は上手くいきます」と話されました。「貴女はそれで幸せですか。寺は祈願や供養をしますが私の最終目的は貴女が幸せになることです。女性の幸せは愛する旦那様から愛される事大切にされる事。お互いにいたわり合って楽しい家庭生活を送ることではないでしょうか。この人と結婚して良かった。この子供達を授かって良かった。私は幸せだなぁと思えることではないでしょうか」仏様は私の口を借りてそのことを説かれたのです。優しい旦那様になるよう祈りなさい。自分が幸せでなければ人を幸せにする事は出来ません。今まで辛抱してきたのですから神仏もご先祖様の貴女に力を貸して下さいます。私は貴女が幸せになると信じています。

お大師様の笑顔 H21.5.16

お大師様の慈愛に満ちた笑顔。本当に有り難い。どんな悩みも吹っ飛んでしまう。安心と勇気を頂く。私もこんな慈愛に満ちた顔で人と接したいと思う。それには心を磨かなければならない。心に仏心を持たなければこんな優しいお顔にはなれない。私はお大師様にはなれないけれど少しでも近づけるよう努力をしたい。今日も一日有難うございました。

お大師様のお導き H21.5.25

詳しいことは長くなるので書けないが、御神酒をお供え下さった男性に手紙を出したところ、お姉さんから「三月から弟が行方不明になっています。そちらからお手紙を頂き、弟の事を尋ねようと思っていましたら、今朝自殺をほのめかした手紙と車を家の前に残して弟の姿がありません。」と電話を頂いた。私は驚いて必死に祈った。夜になり「もしも死んでいるのなら、私の側に来て下さい」と祈った。彼は来なかった。彼は生きていると確信した私は、「お大師様、私にそなたの忙しさなど私の足下にも及ばないと言われたのですから、どうぞ彼のところに行き自殺を止めて下さい。」と祈った。次の朝、彼は生きて見つかった。私はホットした。今日彼がお詫びに来山した。なぜ自殺を留まったのか彼は話してくれた。「夜中の3時頃、右手に経本、左手に姪からもらった大切な数珠を持っていた。そこに座像の菩薩様が現れて「そなたは父親を背負って生きていく役目がある。まだ死んではいけない。」と言われた。我に返った私は持っていた数珠が無いことに気付き必死に探した。しかし見つからなかった。明るくなっても探して見たが見つからない。私はまだ死んではいけないのではないか。さっきの幻は幻では無いのではないか。気が付いたら家の前に立っていた。」と話された。そして本堂右の仏様(お大師様)が気になっています。その時の仏様だったのかどうかは分からないけれど気になっていますと。私はその話を聞いて「お大師様は私の願いを聞いて下さった。彼のところに行ってお話して下さったと確信しました。改めてお導き下さいまして有難うございますと御礼を申し上げました。彼がなぜ自殺しようと思ったのか尋ねはしなかったが、これからが本当の意味で大変だと思う。お大師様彼に力を貸して下さいと祈る私です

電話 H21.5.26

先週から平日、朝8時登校拒否の高校生に電話をかけている。なかなか起きてくれない。又今日も起きないのか。そう思っていたら昨日から電話にでてくれる。昨日は、寝ぼけ声、今日は8時半二度目の電話の時、しっかりとした声でおはようございますと元気に挨拶した。本当に登校しているのか心配だったが、親御さんから元気に行っています。昨夜は12時前にパソコンを止め寝ました。有難うございましたとお礼の電話。何とか無事に高校を卒業させたい。3年間毎日電話して私も一緒に彼と卒業しようと思う。

同じ H21.5.27

今朝、お勤めの時不動明王から「同じ、同じ、同じ」と言われた。何が同じなのか、何を意味するのか分からない。そのうち結果が出るだろう。
今日は、先祖が河野水軍という方から先祖供養を頼まれた。ご主人が酒飲みで困っているらしい。家の中は暗く、福の神など寄ってこない。しっかり先祖供養はして頂きたいのだが、どんな先祖であれ怨みの心では先祖は成仏しない。亡くなって初めて自分が犯した罪に気付いて後悔しているはずです。しかし、ご先祖様がいたからこそ今こうして命を頂いていることに感謝をし心から成仏を願うことです。ご主人様を怨むより、ご主人様が良き夫になるよう祈るのです。辛抱して辛抱して辛抱して、神仏の心は動きます。そしてお慈悲を下さるのです。辛抱して良かった私は幸せと思うときが必ず来ます。私は祈ることは出来ますが、本人が身口意=心から言葉(やさしさ、思いやり、感謝、労い、プラス言葉など)と行いをもって精進しなければ心願成就は出来ない。頑張って頂きたいと影ながら祈る私です。

取り憑かれる(憑依) H21.5.31

一週間前に何かに取り憑かれていると御祓いに来られた方が、今日も来山された。最終バスで帰宅していると誰かが「祈れ」と叫ぶのだそうです。次の日も同じ事があり、その夜は網戸をがりがりとかじるような音がする。それから体調が悪くいたたまれなくなって来られたそうである。心の優しい方なので憑依されやすい。心をしっかりと持ち、心に隙間をつくってはいけない。今高野山にいる息子がはじめは怖がっていた霊的現象に「今日は誰が来るかなぁ」と楽しみにしだした。これは恐ろしいことである。その内低い霊に左右され精神病院行きである。本人には「咳払いをしても払いのけられる強い心を持ちなさい」と指導した。今では、霊を見ても気にもならないようである。神仏を信じ自分を信じどんなことがあっても動揺しない強い心を持って欲しい。これは、霊的現象だけではなく、人生生き抜くために必要な事だと思う。

ご縁 H21.6.1

今日は昼過ぎに沢山の方が来山。中でも最近元気のない信者さんが来てくれたのは嬉しかった。神仏のご縁によって皆さんの和やかな会話の中元気を頂いたようである。皆さんが帰られた後、夕方7時前まで色々とお話させて頂いたが、奥様の実家と上手くいっていないことが分かり、もっと親兄弟が仲良くしないと物事がスムーズに行かないことをお話させて頂いた。親先祖にとって自分達の子孫が不仲だとこんな悲しいことはない、成仏したくても成仏出来ないと。たとえ自分が正しくとも馬鹿になって兄弟仲良くして欲しいとお願いした。信者さんは素直に話を聞き入れてくれ努力しますと言われた。信者さんの顔は穏やかで希望に満ちた顔に変わっていた。又一つ幸せに近付いてくれたと確信した。次回お会いできることを楽しみにしている。

命の尊さ H21.6.3

この世で命ほど尊いものはない。絶対に自分から命を絶ってはならない。命は、自分のものと思っているかもしれないがどれだけの人が悲しむかよく考えて欲しい。
先日長崎から「息子が昨年秋から行方不明、仕事の事で悩んでいた」と来山。拝んでみたが残念ながら亡くなっている。しかし、ご両親に言えない。どれだけ悲しみ苦しむ事だろう。今は一日も早く親元に帰れるようお祈りしている。両親と家族の見つかった後のケアが当山とのご縁なのだろう。私に出来ることをさせて頂きたいと思う。もっと早くご縁をいただいていればと残念で仕方がない。

見せかけの数珠 H21.6.8

座禅をされに来山された親子。いつもと様子が違う。本堂でお参りしていた母親の数珠が突然切れた。何か悪いものがおちた。何がおちたのかその時は分からなかった。座禅も終わり、楽しいはずのティータイム。娘が子供の頃からの母親に対する不満を話し出した。食事も取らず延々と午後9時まで続いた。そんな中、本尊様から「見せかけ」とお言葉を頂いた。「あっ数珠の切れた理由が分かった。母親の持っていた数珠は赤めのう。赤めのうは家庭を円満にする、夫婦、親子、兄弟の絆を深めるという力がある。しかし、母親が持っていた数珠は娘がプレゼントしたプラスチックの見せかけの赤めのうの数珠。本尊様は、もう見せかけの数珠はいらない。これからは本物の親子の絆を深めなさいと諭されたのです」母親は私に「私が間違っていたのですね。親子の絆をとりもどす努力をします」と約束された。私は親子が幸せになって下さると確信した。皆さんももう一度自分達親子が心の通いあえる本物の親子であるのか見つめ直して下さい。

訪問販売 H21.6.11

修行道場に参加された若社長。売り上げが上がらず頭を悩ませている。不景気だからと言ってしまえば何も出来ない。だからといって「売り上げあげなさい」と言うだけでは社員のやる気はおこらない。ここが社長や上司の腕の見せ所。社長や上司の仕事にかける情熱と社員に自信を持たせること。売ろうとする商品が素晴らしものであると自信を持たせること。もし、自信を持てない商品であるならば商品開発をするのは上司の仕事。商品開発をするためには現場の声社員の声にしっかり耳を傾けること。社員に何かを求めるのではなく、上司としてどうあるべきなのか常に自分を見つめることが大切です。そして、この会社の為ではなく、この人の為に頑張ろうと社員に思ってもらうことです。人から惚れられる人間になってもらいたいです。

健康グッズアロマパットH21.6.14

健康グッツで紹介していますアロマパット(アルファースリーム)を先月供養祭時にお貸しした信者さん。今日はご友人を連れて来山。不眠症で時々眠られず睡眠薬を飲まれていたのですが、この1ヶ月昼寝をしても薬を飲む事が無く、朝は目覚めが良くさわやかに向かえることが出来たそうです。まるで魔法の寝具と家族と話していますと。ご友人に1週間お貸ししたら、1日目は患部がとても痛かったそうですが2日目は痛みが嘘のように無くなり身体が軽くなったそうです。ご友人もびっくりして早速購入に来られたのです。実際に血流計で血の流れをみて頂きアロマパットの鉱石の力にびっくりされていました。神仏からこの健康寝具で沢山の人を助けるとお言葉を頂きましたが確信した一日でした。
リストカットをしていたうつ病の信者さんの娘さんも今では仕事に復帰している。糖尿病で足の爪が変形していた信者さんも今では綺麗な爪になっている。脳梗塞で倒れた信者さんも元気になっている。不思議を頂いている方が増えてきた。もっと沢山の方を救えたらと思っています。

幸せになりたいはずなのに H21.6.20

人は皆幸せになりたいと思っているはずなのに、思いとは裏腹に怨みや憎しみを捨てきれずこだわり続け不幸への道を歩き続ける。
今年は「足下を固めなさい」とご本尊様からお言葉を頂いているので親子の絆、家族の絆を説いているのだがなかなか伝わらない。姑さんと上手くいっていないお嫁さん。苦しめられた怨みを捨てきれない。「生きている内に仲直りをしてあの世に行って頂かないと成仏できず子孫の足を引っ張る事になりますよ」とお話ししても許せない。また、「兄弟で憎しみあっていたら両親は悲しくて成仏出来ませんよ」とお話ししても相手が悪いと寄り添えない。確かに自分に落ち度がないのになぜ自分が下手に出ないといけないのか我慢しなければならないのか納得出来ないと思う。しかし、皆自分が一番正しい自分が間違っているとは思っていない。だからお互いに寄り添えば良いと思うのだがこだわり続ける。お経を唱えているのであるならばもっとお経の意味を理解して欲しい。十善戒と般若心経こだわらない心。誰かがどうしたのではなく自分がどうしたいのかどうあるべきなのか自分を見つめてほしい。なぜならば自分の人生を生きているのだから。お経の意味が分からないのであるならばいつでもお寺に来て欲しい。苦しみや悲しみから救われたい、幸せになりたいと思っている人の為にお寺はある。神仏はいつでも手を広げて待っています。しかし、神仏でも手を合わせない人は救えない。どうかこだわりを捨て幸せになってほしいのです。私の祈りが皆様に届きますように。

お大師様のご縁日 H21.6.21

今日お勤めしているとお大師様が護摩壇の上まで降りてきて下さった。有り難くて有り難くて深々と頭を下げた。よく考えると今日はお大師様のご縁日。「しっかり守っているぞ」とお姿を現して下さったのでしょう。また、今日は大阪のご婦人から先祖代々お祀りしていましたお大師様の首が取れてしまい当山でお炊きあげして欲しいとお持ちになられた。ご先祖様の思いが沢山入ったお大師様なので修理してお祀りして欲しいのだがかなり傷んでいる。残念であるがお炊きあげさせて頂く。
よく仏様を処分して欲しいとご依頼頂くが、私はご先祖様の思いのこもった仏様はしっかりお祀りして下さい。しっかり守って下さいますよとお話ししている。なぜならば、この仏様がなぜ祀られたのか、どんな思いで拝まれていたのがそれを考えただけでも粗末に出来ない。目に見えない世界だが仏様の力とご自分が積まれた善根功徳と悪業によって人の運命は左右される。幸せになるためにも仏様は大切にお祀り下さい。

モーニングコール H21.6.24

毎朝不登校の高校1年生にモーニングコールをして1ヶ月を過ぎた。昨日から電話を切られる。きっと電話代を節約してくれての事と信じていた。ところがご両親に連絡取ると学校に行っていない事がわかった。毎朝彼が電話にでてくれると本当に嬉しく「行ってらっしゃい」の言葉も弾んでいたのにとても残念でならない。どうしたら彼の心を動かす事が出来るのか。今日はお地蔵様の縁日。北向き子育て地蔵様どうぞ私に力を貸して下さい。彼の心に夢と希望がもてますように彼の運命を変える人との出会いがありますように私の祈りをお受け取り下さい。ただただ祈るのみです。

悪霊 H21.6.25

先日、自殺を止まった方の話です。彼は自殺を決意して父親に最後の親孝行と篠栗参りをしてお納経をとってまわった。彼は「住職さん、悪霊っているんですかね。篠栗参りをしている間、いつも自分の右横に黒い影がいたんです。腹が立って今から死のうと思っている人間についてどうすると怒鳴ったんです。しかし、85番を参った後その黒い影は無くなっていました。あれは悪霊だったんですか」と尋ねられた。「たぶんそれは、あなたを死の世界に連れ込もうとした悪霊でしょう。消えて良かった」と返答した。怒鳴ったことが良かったのか、85番を参った事が良かったのかは分からないが、あの世に連れ込まれなくて良かった。改めて思う。
人は、マイナス思考に陥ったとき低い霊に取り憑かれやすい。いつも心をプラス思考に持っていき自分を高め、夢や目標に向かって明るく生きて欲しい。たとえ死ぬまで叶わなくてもそう思って生きた方が幸せだと思う。この世に駄目な人間なんて一人もいない。みんな自信をもって生きて欲しい。

夢は叶う H21.6.26

3月13日に「当たり前」で日本の中心東京でパテシエとして腕を上げたいと東京に行った甥っ子の事を書いた。内定が決まっていたケーキ屋から不景気を理由に内定を取り消され、それでも夢を諦めきれず東京に行き、牛丼の松屋でアルバイトをして頑張っていた。
1日300円の食事代親の有り難みを身にしみて感じたそうである。そんな甥っ子にも転機が訪れた。パテシエの友人が働いているオーナーの奥さんが就職先を紹介してくれたのである。しかも洋菓子協会の会長さんのお店らしい。
こんな良い縁を頂いたのは偶然ではなく甥っ子の努力の結果だと思う。ケーキを作ることが大好きでその情熱は誰にも負けない事。又、甥っ子は誰からも好かれる明るい性格で友達も多い事。松屋では勤務3ヶ月21歳の甥っ子に店長にならないかと声をかけてもらえるほど頑張っていた事。辻専門学校時代は親からの仕送りが無かったので焼鳥屋でアルバイトをし毎晩1時から2時就寝にもかかわらず学校と仕事を両立していた事。大坂商人のお店で働いたので仕事をする厳しさをしっかりたたき込まれた事。卒業後の小倉の就職先ではカギを預かり店に一番に出勤し仕込みを任せれ1日15時間勤務であったにも関わらず12万円の給料でも文句を言わず頑張っていた事。甥っ子の努力は誰でも出来ない。甥っ子の努力に神仏がご褒美を下さったのだと思う。夢に向かって努力すれば夢は叶うものだと甥っ子をみて実感した。私も夢に向かって精進します。

神様 H21.7.1

今日から7月。今年も半分が終わり折り返し地点となった。「まだまだ踏ん張らないと」と気合いを入れてます。昨日も悩み事相談のメールが届き結局電話で1時間ほどお話をさせて頂きました。
「電話をして良かった。幸せ開運道を頑張ります」と喜んで下さり私自身大変嬉しく思いました。
話は変わって今日は1日。昔から1日、15日は、榊を替え、塩、水、お洗米を神様に供えます。この日は神様が自分の敷地内に降りてきて見回りをされるのです。しかし、神様は不浄を大変嫌うので家の中が汚いと降りてくるどころか出て行ってしまいます。家の中は常に綺麗にして神様に守っていただきましょう。当山では当山の祈願塩を使って3ヶ月間の清掃行をおすすめしています。なぜならば家族の協力の下私自身清掃行を行いましたが不思議な体験をしたからです。清掃行始めて3日目の1月15日不思議な音を聞いたのです。私は本堂にいたとき鈴の音を聞き、家内は外回りを水で清めていたとき鬼門(北東)からシャランシャランと音を聞き長男はこの世の音ともしれぬ音がしたので急いで窓の外を見たけど誰もいなかった。もう一度したので今度は弟と二人で見たけどやっはり誰もいなかった。このことから神様は1日、15日は見回りに降りてこられることを確信しています。皆さんも清掃行をして神様に守っていただきましょう。詳しい清掃行についてはお尋ね下さい。

修行道場 H21.7.6

先日土日と修行道場。4名の方が参加下さった。中でもホームページを見てわざわざ大分からバスに乗って参加して下さった女性には感心します。彼女は滝行にも参加され「冷たかったけど気持ちよかった」と笑顔で話された。それと「ほとんど夢を見ないのですが、今朝両親が夢に出てきて3人でお酒を飲もうと言っている夢を見ました」と。きっとお寺でお経が聞けたので喜んで夢に出てきて下さったのでしょう。
日曜日は30度の炎天下の中奉仕行。草取りその他境内の清掃本当に有難うございました。感謝致します。そんな中、「私達は月に1度の草取り作業ですから良いけれど山に住んでいる人は大変ですね」と労いのお言葉を頂き日頃の行いが報わる思いでした。
暑かったと思いますがおかげさまで無事奉仕行も終わり境内は綺麗になりました。本当に有難うございました。
また、今日はホームページを見てわざわざ長崎から遠路ご来山くださった方有難うございました。
また、四国の半田ソーメンが美味しいとわざわざお越し下さった方本当に絶品でした有難うございました。
これも神仏のお陰と感謝します。合掌

俳優宇梶剛士さんの講演 H21.7.8

今日は篠栗町主催の社会を明るくする町づくり講演会に招かれた俳優の宇梶剛士さんの「転んだらどう起きる?」の講演会に行ってきた。
父親は仕事の為月に一度家に帰る程度にもかかわらず、彼が小学校3年の時母親がアイヌの人権差別に立ち上がり家を空けることが多くなったため2歳年上の姉と分け合って従兄の二人の四人で暮らすことが多かった。たまに両親が帰ってくると物が飛び交う夫婦喧嘩になることもあったらしい。そんな中野球だけが何もかも忘れられる時間だった。従兄を頼りに中学一年の時家出をし甲子園を目指したが挫折。構成員2000人の巨大暴走族の総長になり、荒れた日々の末収監された少年院でよんだチャップリンの自伝に感動し役者になったそうです。彼は親の愛情を受けることなく高校野球部の暴力にボイコットをしたが結局学校側は外部に漏れることを恐れ先輩が活を入れていた事も分からない奴は野球をする資格はないと結局何もかもが嫌になり暴走族に入った。親も大人も先生も世の中の何も信じられなかった。しかし、少年院に母親が差し入れしてくれたチャップリンの自伝を読んだとき自分が何をしてきたのか恥ずかしくなり俳優になることを決心したそうです。今、息子に良いに人間になろう。これは良いことなのか悪いことなのか常に考え、時々道から外れそうになるけれど修正していくようにしている。努力と結果は伴わないかもしれないが良い人間、やさしい人間になるよう息子と努力していきます。
宇梶さんが俳優になれたのは彼の育った環境にあると思う。やはり全ては与えられているのですね。苦しみを乗り越えたからこそ今の宇梶さんがいるのだと思った。

榊 H21.7.9

先日お参りの方とお話していると、「神棚の榊は大変なので造花を供えています」と話された。確かに1日15日榊を替えたり、水を替えたり大変である。しかし、それで本当に神様はおられるだろうか。榊は、常に緑の葉が繁っていることから「栄える木」が略されて「さかき」になったとも、神様が鎮座される場所と人の境の木であることから「境木(さかき)」になったとも言われる。また、榊は、神の木と書くように神様の木であると思う。私は神棚をさわるとき口に1枚榊の葉をくわえ、息がかからないように気をつけている。また、どうしても生理中の女性が神様事をしなければならないとき塩を持っても良いが榊の葉を下着の前と後ろに挟むことをすすめる。神様は不浄を嫌うからです。出来れば造花は止めた方が良いと思う。また、仏壇においても生花を供えて欲しい。神仏はあなたの心を受け止めるのだと思うからである。精進しましょう。

心の修行 H21.7.13

「人生は修行なり」と良く耳にするが生きる事は大変である。神仏は、私に必要なことは教えてくれるがなかなかそうはいかない。なぜならば自分で考え行動をした結果が一番自分のものになる。正しかったのか間違っていたのか自信もつくし反省も出来る。
最近友人が私の身体を気遣って忠告してくれた。さすがにその勢いに私も自分の生き方が間違っているのか本尊様の前で自問自答してみた。いろんな問題に遭遇したとき「私はいつもどの道を歩いたら後悔しない生き方が出来るだろう」と行動をとってきた。私がこの道で生きていこうと思ったのは「真言密教の力で人を救うことが出来るのなら、運命を変えることが出来るのであるならばこんな素晴らしいことはない」そう思って仏門に帰依した。私は人間であって神仏ではない。だからこそご本尊様を信じて弘法大師様を信じ祈ってすがって生きてきた。「真言は不思議なり。観誦すれば無明を除く」お大師様のお言葉を信じ祈って生きてきた。友人の言葉に動揺したがやはり私は神仏を信じて生きていくしかない。そう思ったとき私の守護霊様がお言葉を下さった。きっと心配して下さったのだ。有り難いことです。今回の出来事は神仏からの「私の心のお試しだったのではないか」と思う。私に限らず、信仰される方は問題が起きたとき神仏からのお試しではないか。常に不動心、平常心、仏心を持って精進してほしい。

波瀾万丈 H21.7.21

今日はお大師様の縁日。お勤めの時白い歯を見せて笑って下さった。どういう意味で笑って下さったのかはわからないが有り難いことです。
最近「私は波瀾万丈な人生を生きてきた。普通の人だったらとうに自殺している」と言われた人がいる。詳しい事は聞いていないが、私が思うに波瀾万丈な人生を生きてきた人は、この世でやらなければならないことから逃げていると思う。もう一度なぜ自分がこの世に生まれてきたのか何のために生まれてきたのか考えてほしい。きっと答えが見つかると思う。それに気付き精進したならばきっと幸せな人生を送れるはずです。もう一度考えて下さい。

自然の力 H21.7.25

昨夜からの大雨で篠栗はかなりの被害。当山ではお滝場が流木や砂利で埋まってナイアガラ状態で十三仏様は流されひどい状態です。行方不明者が2人、家屋の崩壊、ヘリコプターで救助された方、八木山は通行止めで帰るに帰れず山王のコンビニ駐車場で一晩足止めをくらった人。山手や篠栗町中は床下床上浸水大変です。自然の力には人間はなすすべもなくただ祈るのみです。これ以上被害が出ないことを心からお祈り致します。また、沢山の方に心配して頂き電話やメールを頂き大変嬉しく思いました。「お手伝いに行きますよ」と声までかけて頂き、人のぬくもりに心から感謝致しました。本当に有難うございました。

奉仕行 H21.8.2

先日高校生がわざわざ水害の後かたづけに来て下さった。また本日1日~2日修行道場に参加頂いた3名と後かたづけの為に来山下さった方と滝場の清掃。砂利や水を含んだ土は重く重労働である。しかし、皆さん楽しそうに会話しながら仕事をこなしている。自然の力は凄いが人の力もまた凄い。勿論数時間では片づかないのではあるが一人ではどうにもならない。折角の休みを返上してかなりの肉体労働を喜んで奉仕して下さる。本当に有り難いの一言です。心から感謝致します。
有難うございました。二度とこのような水害が起こらないことを心からお祈り致します。合掌

観音様のご縁日8月9日 H21.8.6

今日は広島原爆の日。沢山の方が亡くなられ戦争の恐ろしさ、原爆の恐ろしさを痛感しています。また、8月9日長崎原爆の日です。
この日8月9日は、観音様をお参りすると4万6千日お参りしたくらい御利益があるとされているご縁日です。観音様をお参りしてご自分の幸せ縁ある人の幸せ、そしてこの世に生を受けた全ての人々の世界平和をお祈念して下さい。祈りほど素晴らしいものはありません。「真言は不思議なり観誦すれば無明を除く」と弘法大師様は説いています。真言は不思議な力があり、唱える事により私達の迷いや苦しみがなくなり光明が差してくるのです。どんなことがあっても信じて信じて祈るのです。必ず道は開けます。信仰は素晴らしい。

観音様の御利益 H21.8.9

今日は観音様をお参りすると4万6千日お参りしたくらい御利益があるとされた日。観音様の御利益にあやかりたいとわざわざ遠く長崎から笑顔でお参り下さった方、お顔を拝見した瞬間に幸せが私に伝わってくる。前回落ち込んでお参りされたのが嘘のようで僧侶であることを幸せに思う瞬間でもあります。又、大分の方から近くの観音様にお参りしてきましたとメールを頂いたり、観音様の御利益をあやかりにお参りに来ましたとお声をかけて下さったり、又、災害の後かたづけに雨の中お力添いを下さった方々有難うございました。私自身観音様から皆様から御利益を頂いた一日でもありました。ご縁を頂いた皆様方のご健勝とご多幸を心からお祈り申し上げます。

自己をみつめるきっかけ H21.8.18

最近頂いたメールです。
ある方との出会いで「あなたの輪廻転生これが最後ですよ」と言われ。笑ってしまうかもしれませんが、私にとってこの言葉が重かった。輪廻転生が最後かどうか、証明出来る事でもないし、それでどうなんだと思うでしょう。でも私にとってこの言葉がスタートだったのです。私の人生だけでなく、今迄の私の魂の集大成だと思うと《このままでは終われない》という気持ちが沸いてきました。
そしてその後に出会った人、今までの友達、今の私に必要だから出会う人達。全ては繋がっている・・・これからも
今、しておかないと後悔する事、後悔はしたくありません。
で、今年になって《自分をみつめる》事の素晴らしさに気がつきました。この歳になって・・・いいえ、その事に気がついただけでも幸せだと思っています。
彼女は今一生懸命自己を見つめ悔いのない人生を生きていこうとしています。
このメールを頂いてとても嬉しく思いました。一人でも多くの方が生きることの意味を感じて幸せに人生を送って頂けたらと心から願っております。合掌

夢は叶う H21.8.22

今年の1月末、このままでは夢が叶わないと京都の美空ひばり館を退職して福岡に帰ってきた娘。あれから半年、毎日毎日地球一周船の旅ピースボートのポスターを貼ってまわった。3枚で千円旅費が安くなるからだ。寒い日も雨の日も炎天下の真夏も一生懸命貼ってまわった。貼るところがなくなると熊本、佐賀、大分、北九州。遠くは横浜まで貼ってまわった。約4500枚貼って148万円の旅費を稼いだ。そして今日念願の地球一周船の旅へと旅だった。世界を見て学んできますと笑顔で旅だった。「よう、頑張ったね」と声をかけると、「好きなことだからどうって事無かったよ」と返事が返ってきた。人は好きな(夢に向かう)ことをするときは苦労を苦労と思わないんだなぁと娘を見て思った。幼い頃は人見知りで人に話をするのが苦手な子だったのに、知らない土地に行って飛び込みで「ポスター貼らせて下さい」とお願いしてまわるなんてびっくり。本当に良く頑張ったと頭が下がる。20ヶ国を旅してまわるのだが、この旅は娘の人生にきっと大きな影響を与えることだろう。世界から見た日本、日本人。同じ人間としての生き方も変わるだろう。どんな人間になって帰ってくるのか12月初旬を楽しみにしている。諦めなければ夢は叶うんだなぁと改めて思う。

地蔵盆 H21.8.25

先日24日は地蔵盆。昔はお盆の行事の最後を飾る行事でしたが、お盆の期間が短くなり、今では単独の行事として行われるようになりました。私は田川の十輪院様から法要に招かれ「感謝について」の法話をさせていただきました。皆さん真剣に聴聞下さり有り難かったです。又午後7時、信者さんから地蔵盆に招かれ法要をさせていただきました。自宅にお祀りしていますお地蔵様の供養に親戚隣人が手料理を持ち合って大変賑やかな楽しい一時を過ごします。これもお地蔵様のご縁。仏様は人と人の絆を結んで下さる有り難い存在でありご先祖様の願いでもあると皆さんの笑顔を拝見して思いました。親子兄弟親戚隣人が仲良くすることが一番の先祖供養に繋がるし、そしてそれが幸せの一番の条件だと思います。

悩み H21.8.27

人それぞれ大なり小なり悩みを持っているもの。学校の先生でも医者でも坊主の私でも悩みはあります。しかし、悩み苦しむことが悪いことなのかと考えるとそうとも言えない。人間として成長する為には必要なことではないでしょうか。悩むだけ悩んだら、先ずは行動を取ってみることです。そこには結果が出ます。上手く事が運べば自信がつきます。しかし、失敗したら、ここからが重要な分かれ道です。失敗して落ち込んでぐずぐずするのか、どうして失敗したのか分析したりより良い方法を考えたりプラス思考で前向きに生きていけるのか。ご自分で自分を分析してみて下さい。人間関係においては、相手を変えようと思うから憎しみが倍増してくる。先ずは自分が変わることです。そこには優しさと思いやりが無ければないません。悩んだらどのくらい人間として成長できるか楽しんで悩んで下さい。当山ホームページと出会った人は絶対に幸せになります。自信をもって悩みを解決して下さい。どうしても自信が無い人はいつでもメール下さい。一緒に解決していきましょう。合掌

インフルエンザ H21.8.31

明日から新学期。インフルエンザが心配である。毎日集団感染のニュースがながれる。5人に1人が感染するらしい。しかし、町を歩くと前回のようにマスクをしている人は余りいない。自分は大丈夫かからないし、死ぬなんて考えていないのか?それとも前回の経験から大丈夫と思っているのか周りの人がしていないから安心しているのか。人は周りの人と同じ行動をとると安心するらしい。
しかし、自分の身体は自分で守らなければならない。ふるいの時代がやって来るとも言われています。今回のインフルエンザはふるいのはしりかもしれません。うがい、手荒い、栄養、睡眠しっかり取って健康管理をしていきましょう。後は神仏におすがりして守ってもらいましょう。

日参参り H21.9.1

今日は1日、氏神様に参拝しましたか。今日信者さんから昨日から21日間神社に家族の健康のために日参しているとメールを頂いた。喜ばしい事です。しかも今日から9月。昔から正、五、九月は良くない月と言われています。しっかりと神仏の御加護を頂いて無事に過ごしていただきたいと思います。女性の場合気を付けて頂きたいのが、神様は不浄を嫌うので生理中は塩を身体に身に付けてお参り下さい。昔から家族に不幸事があると神社に参りませんが、どうしても子供や孫のお宮参りなどで神社に参らなければならないときは鳥居をくぐらず柏をたたかないように気をつけて下さい。皆様のご健勝を心からお祈り致します。合掌

修行道場を始めた理由 H21.9.7

今月の修行道場も無事終わった。お滝の水は冷たいと思うが心も身体も清められたのか晴々とされている参加者のお姿に私の心も爽快である。今から数年前、信者さんが「辛いことがあってお観音様の側に飛んでいってお参りしたかったのですが夜中に行くわけにもいかず我慢しました」と言われたことがきっかけで、辛い時苦しい時にお寺に飛んで行けないお寺はお寺ではないと「いつでもお寺を解放します」と弘法新聞に記載したのだが誰も来ない。そこで皆さんが参加しやすいように、日にちを決め、参加費を決め修行道場を始めた。仏教の教えを学び、自己を見つめ、人としてどう生きたらよいのか、何が大切なのかしっかり見つめてほしいと始めた。私にとって修行道場に来てもらうことが目的では無く、神仏とご縁を頂き皆様が幸せになって頂くことが目的です。その方法の一つが修行道場です。私は、皆様の祈願や供養をさせて頂いていますが、縁ある皆様が幸せになって頂くことが私の最終目的であり神仏を一心に拝み祈願や供養をさせて頂いています。お大師さまのご誓願である、この世に極楽浄土をつくる「蜜厳国土」を目的とし一人でも多くの方が生きる喜びを感じて頂けたらと思っています。それが私の喜びであり幸せでもあります。

四国八十八ヶ所霊場参拝のおすすめ H21.9.10

今日は自殺予防デーです。日本の自殺者は世界1位。しかも年々増加している。
中高年の自殺の理由は仕事の問題が第1位を占めている。しかし若い10代20代は理由がはっきりせず、突然の自殺に家族は困惑しているらしい。死んだら楽になると皆、死に急ぐが肉体は滅びても魂は変わらない。永遠に苦しみ、ずっとこの世をさまよい続ける。あの世に帰ることもなく、もう二度と人間に生まれて来る事もない。残された者は気付いてあげられなかった自分を責め苦しみ続ける。だから絶対に自殺はしてはいけない。今生きる事に疲れた方、生きる目的が見つからない方、何もしたくない方一緒に四国霊場参拝してみませんか。何か答えが見つかるかも。じっとしていても何も見つかりません。先ずは行動をとってみましょう。仏様が手を開いて待っています。信じて仏様にすがってみませんか。長い人生いろいろあります。しかし、苦しみも無駄ではなく大切な人生の1コマです。これを乗り越えたとき人として味のある人間になるのでは無いでしょうか。いつかきっと笑うときが来ます。その日を楽しみにしましょう。

人生の主人公 H21.9.15

マリナーズのイチロウ。大リーグ9年連続200安打達成、108年ぶり記録更新。世界のヒーローとなったイチロウだが「人の記録との争いから解放されたことが僕にとって良かった」と喜びより安堵だったようだ。彼はシーズン前、胃潰瘍で苦しんだらしく、健康がどれだけ有り難いことか身にしみたそうだ。記録との戦い、自分との戦い、それを成し遂げたのは結果的に、「野球が大好きだからでしょう」と…。どんなに才能のあるイチロウでもプレッシャーには苦しんだ。しかし、それを克服したとき人生の主人公となり我が人生を誇りと思う。それはイチロウに限らず人は皆人生の主人公になれるのではないでしょうか。自分の生きる目的と目標、それが自分の好きなことであり、その向こうに喜んでくれる人がいる事、そしてそれが誇りとなる。僧侶の私でも人々にどう生きたらよいのか仏教を広め生きる喜びを感じてもらいたいといろいろと苦心している。なかなか思うようにはいかないが、摩訶不思議な仏様が大好きだし、僧侶という仕事が好きだから。喜んでくれる人がいるから。それは、サラリーマンであろうとも、魚屋さんであろうとも、主婦であろうとも同じである。誰でも人生の主人公になれる。決してそこには楽なことばかりではないけれど、我慢や辛抱があるから喜びがある。先日、敬老の日だったが、いつかは必ず年をとる。みんな人生の主人公になって「あ~、良い人生だった」とあの世に帰ってもらいたい。

彼岸 H21.9.20

今日から彼岸です。昼と夜の時間が同じ彼岸は、中道を説く仏教では自分を見つめる大切な季節です。命の継承であるご先祖様に感謝をしてお墓参りに行ったり、家族の絆を深めて、自分の生き方を見つめて下さい。「全ての者を愛し慈しみ許せる心と待つ心を持ちたい」これは私が少しでも近づけるよう精進していることですがまだまだです。これからも精進していきます。

彼岸の中日 H21.9.23

今日は彼岸の中日。沖縄の観光客のUターンラッシュで空港は混雑とニュースがながれる。お墓参りをすませての旅行なら良いのだが、子供連れの若い夫婦は、子供にお墓参りに行くことを教えることなくお彼岸を過ごすのだろう。家族旅行が幸せなのかご先祖様を敬う心を育てるのが幸せなのかはわからないが昔から日本人の生活習慣伝承が消えていくのは悲しいことだ。
沖縄と言えば、今日長崎から祖父母と孫が高校受験祈願に来山下さった。中学3年の孫は沖縄で柔道の全国大会に出場した。家族総出で応援に沖縄へ。2回戦で負けたそうだが私の心を温かくしてくれたほのぼの家族である。信仰心の篤い祖父母と暮らす孫は穏やかで優しい。とても柔道をするような女の子には見えない。家族に愛されて育っている事が自信に繋がり柔道の腕を上げているのだろう。彼岸は家族の絆を深め、いつかはみんな仲良く先祖代々のお墓に入る事を喜びと思えるように生きているうちに仲良くしてほしい。最近は「旦那と一緒の墓の入りたくない」と言われるご婦人が多い。これでは子孫は繁栄しない。ご先祖を敬い自己を見つめて有意義な彼岸にして下さい。

犯した罪は消えるのか H21.9.28

「犯した罪は消えるのか」夏休みに帰省した長男が尋ねる。
「うむ~、犯した罪は消えることなく存在する。そして積んだ功徳は積んだ功徳として存在する。罪も功徳も交わることなく平行して存在していると思う。但し、犯した罪の向こうには必ず人がいる。その人が許してくれたとき始めて犯した罪と積んだ功徳は交わり罪は消えると思う」と話すと息子も同感らしい。しかし、お大師様は真言を唱えると救われると説かれている。「真言は不思議なり。観誦すれば無明を除く。一字に千理の意を含み……」。罪障多き人も真言を唱える事により、その人の罪障も消滅する意味で、誰でもその功徳(真言を唱える)により救われると説いている。
真言は私達の煩悩(怒り、愚かしさ、貪り)を取り除く力があり、真言の一文字一文字に多くの神仏の教えが込められているから、自分の犯した罪を心の底から懺悔して思いを込めて唱えると必ずその人の前途は光明に照らされ明るくなると説いている。人は過ちを犯す者、どんな人でも救いたいと思うお大師様の衆生済度の心が伝わってくる。ここに真言宗を開かれた意味がある。

感謝 H21.10.2

不思議である。仏様のお顔は日々変わる。今日のお大師様はとても優しく私を慈悲の眼差しで見つめて下さる。有り難く感謝の気持ちで思わず手を合わせる。本当に幸せに思う瞬間です。人々を救済したいというお大師様の思いを僧侶としてもっと人々に伝えていきたいと改めて思う。
今年も後3ヶ月。今月は、四国巡拝、柴灯護摩、年忌法要、家祓い、愛宕地蔵様開眼供養とハードスケジュール。皆様のお陰で充実した日々を過ごさせて頂ける。又、不動堂(護摩堂)建立発願3年目の今月末地鎮祭を執り行い建立に着手。お陰様で建立費用1,500万円の内415万円の寄付金を頂きました。感謝申し上げます。
私も皆さんも仕事をこなすことは大変なことだと思いますが、その向こうには笑顔がある。喜ぶ人がいることに感動、感謝して生きていけたら幸せだと思います。当たり前と思ったら人生は楽しくありません。朝、目が覚めたら感謝、夫が家族のために働いてくれることに感謝、妻が美味しい料理を作ってくれたら感謝、子供は学校に行かせてもらえることに感謝、当たり前のことに感謝して生きていけたらいい。愚痴や不満ばかり言っていたら人生楽しくない。幸せも不幸も自分が作りだしていることに気付いてほしい。頭の中はいつも楽しいことを考え今日は夫を妻を誰かを楽しませることを考えられたらいいですね。これは習慣です。精進してみて下さい。

現実 H21.10.5

今日から四国巡拝。秋を満喫しながらお大師様と皆さんと楽しい四国参拝を夢見て今日を迎えたのだが、現実は台風接近と頭が痛くなるようなニュースがながれる。
不安と心痛で頭が痛くなるが、今日台風が近づいて船が欠航しているわけではないのだから良しとしよう。現実をしっかりと受け止めて天気なんぞ吹っ飛ばして気合いでがんばってきます。
現実と言えば、先日仏教の教えを何度も説いている信者さんと読経していると観音様が「彼女は彼女で頑張っている。一歩づつ一歩づつ階段を上っている。今の時間は与えられている。与えられている現実をしっかり受け止めて自分がいろんな事を感じていかなければ何も変わらない。焦らずゆっくりと彼女の心が変わるまで待ちなさい」と優しく微笑まれた。焦っているは私だと反省。
人はそれぞれ考え方価値観が違う。自分の考えを押しつけてはならない。いろんな人がいるから変化があって楽しいし勉強にもなる。お互いが個性を認めあって現実を受け止めていこうと思う。
現実と言えば昨日、箱崎の白熊薬局さんからインフルエンザ対策のため消毒剤、マスク、葛根湯を四国巡拝の方にお接待とわざわざ持って来てくれた。この有り難い現実はしっかりと受け止め感謝を忘れてはいけない。本当に有難うございました。行きたくても行けない人の思いをしっかりと受け止め頑張ってきます。ではいざ出陣。

四国無事巡拝 H21.10.9

日頃の精進が良いのか?思ったほど台風に悩まされることなく四国巡拝を終えることが出来た。
これもお大師様のお力添いなのでしょう。有り難く感謝、感謝です。
14番常楽寺の境内で、68歳の信者さんが足が痛いのでここで待っていますと言われ、お賽銭を預かり本堂前でお参りを始めようとしていると本人が必死で登ってきた。後からどうしたのか尋ねると「お大師様に怒られました。そなたはここまでバスで来た。私は山野の道無きところを歩き、衆生済度のためここに寺を建立した。歩こうと思ったら歩けないはずはない。そう言われて必死になって登ってきました」と。何と有り難いお言葉でしょう。お大師様が人々を救いたい一心でこの四国霊場をお開きになり、同行二人信者さんのお側で見守って下さっていると思うと、そのお心に感謝で胸がいっぱいになりました。よくよく考えると14番常楽寺のご本尊様は四国でたった一つしかないご本尊弥勒菩薩様です。弥勒菩薩様と言えばお大師様は56億7千万年の後、弥勒菩薩様と共にこの世に現れて人々を救うとお言葉を残しています。どうしても信者さんにお参りさせたかったお大師様の思いが伝わってきます。きっと御利益を頂きお大師様に守られる事でしょう。台風で心痛した巡拝でしたが何事もなく16名の皆さんと楽しいお参りでした。皆様のご健勝とご多幸を心からお祈りする私です。

心温まる話 H21.10.11

今日は供養祭。中学で美術を教えている方が今の学校の現場は荒れていると話す。クラスの半分近くの両親が離婚して、子供達は服装は乱れ言葉は荒く、教師を馬鹿にしていると。
そんな中、一人の不良女子生徒が「先生私霊が付いている。金縛りに遭うし耳鳴りはするし夜も眠れない」と話しかけてきたそうである。数日後生徒を呼び出し「この白檀の腕輪念珠は先生があなたが幸せになるようご祈願してきた数珠だから絶対に守ってくれるから持っててね。あと毎日ご先祖様に手を合わせなさい。必ずご先祖様が守ってくれるから」そう言って生徒を抱きしめたそうです。すると生徒も先生の背中に手を回しボロボロと泣いたそうです。それから生徒とメール交換が始まり、「先生がこの学校に来てくれて良かったと」メールをもらったそうです。
この心温まる話を聞いていると、横で聞いていた信者さんが涙を流す。それは信者さん自信今辛い立場にあり信じられる者は自分しかないと思っているから生徒の痛みがわかるのでしょう。
現代人は心に余裕が無く自分が生きることで精一杯です。気が付かないうちにしかめっ面して人に敬遠されているかもしれません。強がって生きている生徒が先生に弱みを見せたのは先生の人柄だと思います。こんな先生が沢山いてくれると良いですね。勿論先生に限らず、先ずは自分から。

最後を向かえるとき H21.10.12

今日は檀家さんの葬儀。檀家さんは82歳の人生にピリオドを打った。昭和59年にご縁を頂いてから檀家となり寺のためにご尽力を頂いた。当山で幸せを運ぶポスターを皆さんに差し上げていますが、これは檀家さんがポスターを一万枚御接待をされたいと始めたのが最初だった。今でも「ポスター無いですか」と尋ねられたり、「今も額に入れて大切にしています」とお言葉を頂いたり本当に沢山の方に喜ばれている。最後を向かえるときその人の人生がわかると言いますが、前日ご主人の看病の帰り道息子と最後の晩餐をして朝きつくて起きれないから休んでいると言ってそのまま急性心不全で亡くなった。生前人に迷惑かけずころっと死ねたらいいと言っていたそうですが檀家さんが積んだ功徳によって本人の希望道り最後を向かえたのではないでしょうか。
私達は遅かれ早かれいつか必ず死にます。これだけは金持ちも医者も坊主も皆平等です。
問題はどんな思いで死を向かえるか。そのためには今をどう生きるのか。
人は時として寂しさや虚しさ、怨みや憎しみの心、または経済的貧しさによって間違った選択をしてしまうものです。だから反省と懺悔、感謝と功徳を積んで生きていきたいものです。最後に後悔しないように。

護摩堂地鎮祭 H21.10.15

今朝、次男坊から「坊さんになるかも?」とメールが届く。護摩堂の地鎮祭の朝にこんなメールが届くとは偶然なのかそれとも神仏のお計らいなのか不思議である。
先日、護摩堂建立の勢いにのって一千万円借金するも二千万円借金するも変わらない。一緒に大師堂も建立しようかと思った瞬間、「慌てるな」とお言葉をもらう。神仏は、私の心の中もお見通し。びっくりするやら有り難いやら、「護摩堂を建立しますからご寄付をお願いします」とお願いしたのに本堂増築という形で護摩堂を立てることは不動明王のご指示とはいえ本当にこれで良いのか、ご指示は私の勘違いではなかったのか少々不安であったのだが改めて護摩堂建立はこれで良かったと確認した。
この世の中に偶然はない。全て今までの結果が必然とおこる。もしくは未来のために必然だからおこる。息子は今壁にぶつかっている。これも息子にとって良くなるために必然なのだろう。地鎮祭の忙しい朝に延々一時間近く電話をしたが、地鎮祭の忘れられない良い思い出になるだろう。
人は壁にぶちかった時落ち込んだとき、はい上がる努力を忘れてはならない。そこには幸せの道が隠されている。私が自信をもって言えることは、当山とご縁を頂いたあなたは絶対に幸せになれる。自分は絶対にはい上がる、良くなる、幸せになると自信をもって信じて下さい。護摩堂が出来たら神仏は今以上にお力を貸して下さることでしょう。二ヶ月後を楽しみにして待っていて下さい。

生まれてきた理由(わけ) H21.10.17

私達は何故生まれてきたのでしょう。人は幸せになるために生まれてきたと私は信じています。仏教では、因縁を説きますが父と母を縁としてこの世に生まれてきた事が先ず最初の理由です。
この理由をしっかり受け止めて親子の絆を深め仲良く暮らしていくことが大切ですし、幸せになるための第一条件だと思います。
ある方が「子は親を批判して大人になる」と言われましたがその通りかもしれません。親子関係は修行の場ということです。昔は、親子の絆は深かった。昔と今、何が変わったのか色々と自分なりに考えてみた。昔は、親は子供のため一生懸命働いた。子供もまた親のために一生懸命お手伝いをしたり、自分の事は自分でして親に迷惑をかけないように努力した。家族が生きるために協力して生きてきた。今は、親は自分のために働き自分の人生を楽しむために生きている。夫婦の絆も親子の絆も薄れ世の中がおかしくなっている。
私達は家族のために生まれてきたのではないでしょうか。家族の絆が深めたら地域社会とその和を広げていく。世のため人のために生きることが、お大師様のご誓願である「密厳国土」この世に極楽浄土を創るという事だと思います。自分の命を生かして人の喜びを自分の喜ぶとして生きていけたらいいですね。それは神仏と先祖の願いでし、子孫繁栄と繋がるのです。

夢 H21.10.19

信者さんからメールが届く。今朝、4~5年ぶりに祖母の夢を見ました。
祖母は温泉に入り「気持ち良かったよ〇〇ちゃん」と浴衣を着て、気持ちよさそうに一言でした。
以前は「〇〇ちゃん、食べるものが無い、お腹すいた」とお茶碗を持っていました。
穏やかそうな祖母の夢を見て嬉しくなってメールしました。毎月ご供養をして頂いているお陰だと思います。本当に有難うございました。と有り難いメールでした。
朝方見る夢は正夢です。きっと、お婆さまは孫に感謝の気持ちを伝えたかったのでしょう。
信者さんの言われるとおり供養が届いているのだと思いますが、それだけではありません。
信者さんは、家族で先祖供養に来られますし、大変仲の良い家族です。今時、高校生と中学生の息子が喜んで来られるのには感心します。お婆さまは仲良し家族に安心して成仏しているのだと思います。私達がご先祖様の成仏を願うようにご先祖様もまた子孫繁栄を願っています。ご先祖様が安心して極楽浄土へ行けるよう、生きている私達は憎しみあうことなく誰とでも仲良く平和に暮らしていきたいものです。

娘から絵はがきが届く H21.10.21

「お父さん、お母さん 私の絵はがきを選ぶセンスはおかしいでしょうか……(笑)。トルコで見つけて、余りのインパクトに買ってしまいました。どこかの村の守護神らしいです。よかったらお祖父ちゃんにも見せて下さい。きっと喜んでくれると思います(笑)。
船はというと、ここでは運動しないと太る環境です。最大で5㎏肥えました。今なら間に合うと思い、昨日からジムで自転車こいでいます。と、言っても〇〇㎏。昔から見ればマシです。
お父さん、船で友人に言われて気付きました。どうやら私はお酒をジュースのように飲んでいるようです。きっと、今のどが痛いのは、テキーラでやけたからかもしれません。ギリシャでお酒を仕入れました。帰ったら一緒に飲みましょう。お祖父ちゃんにもあります。伝えておいて下さい。
お母さん、船で「オニババになる女たち」という本を読みました。
女性の身体機能について書いてある本です。私を産んでくれて有難う!私もお母さんのような母親になろうと思います。ではまた」
地球一周ピースボートの旅に出てから2ヶ月。現在スペインからキューバに向かって航海中、残り8ヶ国です。世界中を見てきていろんな事を感じているようです。12月11日帰国予定ですが人間としてどう成長したのか楽しみです。まぁ~帰国しても今度は、電車で日本中を住み込みしながら旅したい、沖縄も良いね、ハワイも良いかも。とこんな調子でですから。ただ手紙に母親になるとありましたので結婚する気があるので少々安心しました。勿論結婚してくれる相手がいればの話ですが……。どうぞ娘の生き方にパワーをもらって下さい。人間その気になれば何でも出来る。自分を取り巻く小さな事に振り回されて今という大切な時間を無駄にしないで下さい。幸せに生きて下さい。

眼の輝き H21.10.22

護摩堂の建築工事が始まった。大工さんの目は輝いている。何も無いところに木一本から始まり護摩堂が出来上がる。子供の頃から何かを作る事が好きで、大工になって楽しくてたまらないらしい。親の後ろ姿を見て育った息子は自分から大工になりたいと言い出した。親が生き生きと仕事をする姿を子供はしっかりと見ている。
大人は子供に口やかましく説教するよりも自分を磨くことに専念すれば自ずと立派な子供に成長していく。叱責されて育った子は、自分に自信を持てず、やる気のない子に育つ。不登校やうつ病になりやすい。あなたの眼は生き生きとしていますか?

柴灯大護摩無事厳修 H21.10.26

昨日、柴灯大護摩を厳修。沢山の方のお力添いにより無事厳終する事が出来ました。本当に感謝致します。有難うございました。又、好天にも恵まれ、遠くは、佐賀、長崎、熊本、宮崎と朝早くから御利益頂こうとお越し頂きました皆様の思いを胸に、心からご祈祷させて頂きました。
法要終了後、石橋地蔵会の美味しい豚汁の御接待に皆さん喜んで頂き、心も体も満たされて、にこやかで和やかな会場の雰囲気に大変嬉しく思いました。また、皆様のお陰で生かされている事大変嬉しく思います。この世に生を受けた者は皆それぞれ役目は違うが、命を生かすために生まれてきた。自信と喜びをもって生きてほしい。

話し方で好感度アップ H21.10.29

昨日、NHKチーフアナウンサー三上たつ次先生の講話「話し方で好感度アップ」を聴講してきた。
「自然に、印象深く、表現は具体的に、熱意を持って、さりげなく……」言葉は相手の心がプラス(暖かく、ホッと)に動くように、表現したり、相手を思いやる心、大人の深みが大切。
怒鳴る様な大きな声は誰も付いてこない。表情、口の大きさ、声の高さ、強さ、リズム、早さ等に気をつけ、相手の反応を見ながら話す。相手の意向を尋ねることも大切。
例として、向田くに子さんがまだ勤めていた22歳の頃、疲れていて渋谷駅の切符売り場で「渋谷駅まで切符1枚下さい」と言うと駅員さんは「お客様かなりお疲れのようですね。渋谷駅までの切符はただでご乗車頂けます。どうぞ無理をなさらずにお身体を大切になさって下さい」と言われたそうです。この時この人と結婚しようかしらと思った程感動したそうです。もう一つの例として、林真理子さんの人気が出始めた頃、講演会の司会をされたそうです。講演会が始まって林真理子さんが演壇の前に立ったとき、「そこの方写真を撮るのを止めて下さい」と怒鳴ったそうです。シ~ンと静まりかえり会場の雰囲気は台無し、司会もやりにくかったそうです。「最近太って恥ずかしいので写真はご遠慮して下さい」とかジョークでも入れて止めさせていればもっと楽しい講演会になっていたでしょうと。
言葉は本当に難しい。言葉が足りずに誤解を招いたり、傷つけたり。しかし、人は話をしなければ何も始まらない。恐れることなく、おおいに会話をしよう。失敗しながら学んでいこう。深みのある大人になるために。

心の中 H21.11.1

今年もあと2ヶ月。まだまだ気合いを入れて……。
月参りをされている60代の男性の話。男性は一生懸命お参りされるが無愛想で挨拶してもほとんど言葉がかえってこない。それが、昨日、「お茶をどうぞ」と声をかけると、反対向いてごそごそ財布を取り出し「私は寿司屋です。不景気でこれだけしかできませんが、護摩堂の建立に使って下さい」と一万円を取り出した。お茶もそこそこサッサと行ってしまった。私はびっくりしたのと反省をした。人を見かけで判断していた。案外無愛想な人ほど心の中は純粋で真面目。ただ無口で自分を表現することが苦手で損な性分。しかし、飾らない自分らしい生き方なのかもしれないといろんな事を感じさせてくれた有り難い心暖まる一日でした。次の再会を楽しみにしている。きっとお互いに笑顔で心が通じ合えるさわやかな再会になりそうだ。これも神仏のお陰と感謝感謝でした。

般若心経観音様掛け軸 H21.11.2

今朝、信者さんから「般若心経観音様の掛け軸を自分でお祀り出来ないので奉納したい」とお話を頂いていた掛け軸が届いた。西陣織りの立派な掛け軸。お観音様のお顔はとても厳しく当山に乗り込んできたかのように思えた。
夕方勤行をはじめると、掛け軸の観音様がぱぁっと現れ、私はお力のあるお観音さまと確信した。
「観音様、ようこそお越し下さいました。これから衆生済度のためどうぞお力をおかし下さい」と一心にお願いした。
そういえば、今日城南区の59歳の女性が参って来られて「新潟に住む94歳の母を5日間看病し8月15日見送りました。母は有難う有難うと私の腕の中で安らかに亡くなりました。両親が勘当した兄のお骨を私がお守りしているのですが、亡くなる前に母が実家のお墓に納めてほしいと兄を許したので思い残すことなくあの世に旅立ったと思います。とても綺麗な死に顔でした。今日はいろんな事の整理が付いたので篠栗参りに来ました。きっと両親と兄が一緒にお参りしていると思います。私はこの59年間いろんな事がありましたが幸せでした。これからは両親や兄が私を見守ってくれると思います」そう涙を流しながらお話下さいました。私の胸も熱くなりました。
心温まるお話を聞かせて頂いたのは、きっと観音様のお導きによってご縁をいただいたのでしょう。本当に感動しました。

手作りの納経帳 H21.11.4

今日、奈良から参拝の40代くらいの男性から御納経を頼まれる。見ると右のページに御詠歌を墨で書かれ左に御朱印を押すページ。とても素敵な手作りの納経帳に感動した。
「芸術家ですか」と尋ねると「ただの教員です。毎日、人の顔色を見て生活しているものですから時々心の整理にお参りしています」と。私は「その中から学んで下さい」と一言。この一言にどれだけ私の願いが入っているか気付いてくれるだろうか。四国にも西国霊場にも手作り納経帳を作って参拝したらしい。とても心豊かな方なのでしょう。しかし、長所は短所とても繊細な方なのかもしれない。人はいろんな思いで霊場巡りをする。嬉しい時も辛いときも何かを求めて……。
最近、竹内まりやさんの「幸せのものさし」という歌を聴いた。何か参考になるかも。是非チェックしてみて下さい。

有り難い話 H21.11.6

今日は有り難い話をお二人の方から頂く。一つは、知多四国八十八ヶ所霊場がある名古屋からの参拝者。今から200年前知多霊場が開かれたのだが、自分の隣に住んでいたという、知多霊場発願者亮山上人の第一功労者として協力された岡戸半蔵行者の事を調べ「岡戸半蔵行者の略歴」を人々に宣伝している男性で、その方は古くなった霊場のお堂を建立しようと皆さんに声をかけ寄附を集めましたが建立資金2000万円はとても集められそうもないと集めた100万円を皆さんにお返ししたそうです。その方が、「私はぶっきらぼうですが、有難うとハイだけは心から言えます。」と自信をもって言われた事。もう一つは、信者さんを連れて毎週のようにお参りに来られる先生。「先生の信者さんは若い方が多いですね」とお尋ねすると、「私は、信者さんに心を魂を磨きなさいと話をします。そのために霊場巡りをすすめます。若い方は喜んでお参りに行きたがりますよ」とお話頂いた事。今日は有り難い話を聞かせて頂きホットな気持ちになった。本当に有り難いことです。

今日はいい日 H21.11.11

今日はいい日いい日(11.11)で介護の日らしい。「介護の日らしいが皆さん良いことあったかな?」と思っていたら嬉しいメールが届く。弟のお嫁さんと本音で話が出来たそうです。
「私ね、幸せになるって感じているの。私が幸せになるってどういう事かわかる?あなた達も幸せになるって事よ。だってあなた達が幸せでなければ、私は幸せではないんだもの。(故)両親や御先祖に守られているって感じるの。あなた達が息子の幸せを願うのと同じ。両親も御先祖様も私たちの幸せを願っているわ」と。心と心。絆が深まる嬉しいメールでした。
話は変わって、今日参拝頂いた方から、お盆のお膳供養の労を労って頂いて嬉しかった。
「お膳供養は大変でしょう。しかもあの値段にはびっくりしました」と。お膳供養を始めたのは、あるお寺さんでされていて、これは仏様が喜ぶから当山でもご供養させて頂こうと思ったのが始まり。しかし、そこのお寺は、5万円3万円1万円の供養料。これではお金のある人しか供養出来ない。私は供養しなさいと強要する事はほとんどない。
なぜならば、「本人が心から供養して下さい」と喜んで供養しないと供養は届かない。供養料を出し惜しみするようなことがあったらかえってご先祖様が悲しむと思っているからです。
だから、皆さんが負担にならない供養料にしています。お膳を作る大変さを感じてもらうだけでも嬉しいのに供養料の事まで安いですねと思ってもらえたのは本当に嬉しかった。
その方が、修行道場参加したいのですが土、日に休みが取れなくてといわれたのですが言い忘れました。もう一度皆さんに伝えます。お寺は住職の物ではありません。皆さんの物です。皆さんのご浄財で建っているのですからいつでも来て下さい。泊まりしたい時は前もってご連絡下さい。お弁当持ってきても、炊事場を使ってもかまいません。
修行道場を始めた理由を昔書きましたが、いつでも来て下さいと言っても皆さんが遠慮して来られないから始めたのが修行道場です。
勿論、夫婦喧嘩してムシャクシャした時、急にお泊まりして頂いてもかまいませんよ。

二度目のプロポーズ H21.11.13

先日の弟さんのお嫁さんと本音で話をされた信者さんからまたメールが届く。
「昨夜、弟に手紙を書き、今朝出勤前に渡しました。いきなり玄関で読み始めたので「後から読んでよ」と言う私の言葉を無視して座って読んでいました。しばらくして「後から又ゆっくり読む」と、言った顔が優しそうだったのでちょっぴり安心しました。10代の頃、ラブレターを渡し、いきなり目の前で読まれたようなドキドキ感でした(笑)・・・・
11月15日は弟のお嫁さんの誕生日であると共に、結婚記念日です。弟が2度目の「プロポーズ」してくれたらなぁ~なんて思っています。ついでに私も「プロポーズ」されてみたぁ~い(笑)
もうしばらくお預けですね (^o^)♪~」
メールを頂いて本当に幸せな気持ちになりました。お姉さんの思いはきっとお二人に伝わり、もう一度素敵なご夫婦になるでしょう。愛のキューピットのお姉さんは絶対に幸せになります。私は信じています。私は夫婦円満がこの世の一番の幸せだと思っています。もし、あなた方夫婦の中が冷え切っているのなら、勇気をだしてもう一度プロポーズをして下さい。自分の心に素直になって……。もし、あなたが独身であるのなら、先ずは自分の心を磨いて魅力ある人になって下さい。そうすればきっと素敵な人が現れるでしょう。仏心を持って信仰される方は、必ず神仏が力を貸して下さるし、ご先祖様が守って下さると私は信じています。皆さん幸せになりましょう。心の平和、安堵を心から感じて下さい。お姉さんは今ご自分が幸せだから、弟の幸せを願うことが出来るのです。あなたも幸せになって幸せを分けてあげて下さい。

両親に守られて H21.11.14

また、嬉しいメールが届く。
「こんばんは、毎晩・・・まるで学生時代の「交換日記」状態ですみません。今日、帰宅したら、まだ弟は帰宅していなかったので〇〇ちゃんと5分程話しました。
「私ね、住職さんには何でも話しているの。メールもしているんだけど、いつも住職さんから「よく考えて下さい」「自分の心と対話して下さい」「本当にそれでよいのですか?」等々・・・
何故、神仏を信じて、信じ切れるのか解らなかったけど、何となく解ってきたの。これはうまく言えないんだけど、「本当に両親に守られてる」って感じるの。
住職さんから昨日メールで「〇〇ちゃんと私は相性大吉だって!(彼女は嬉しそうに微笑んでくれました)「〇〇ちゃんの運勢、来年後半から良くなるって」「え~、まだまだ先だなぁ~」と〇〇ちゃん。「うん、夏頃からかな?両親の御加護もあって幸せになるってメールもらったよ」
彼女は「先だな」と言いつつ、笑顔で安心したように感じました。
そして彼女は「私も篠栗に行ってみたい」と言うので「来月一緒に行く?」と私が言ったら「住職さんと会ってみたい」って言ってました。住職さんのファンがまた一人増えたようです。
・・・・・・・・・・・・・・・
弟達夫婦の事は気にはなりますが、私の中では「不安」「心配」が無いんですね。今までに無い「心のありよう」です。
私は今、本当の幸せが何なのかを知ってしまったのかもしれませんね。
全ては自分の「心のありよう」で生きている。・・・・・・・
・・・・・・・・・
昨晩も貴重な体験をしました。
さて、寝ようと布団に入り目を閉じて間もなく。「〇〇!」と迫力ある声で私の名前を呼ぶのです。
しかし温かく思いのこもった声が、波動を感じるほど強く、私の胸に飛び込んできました。その時は「母の声」と感じ、目を開け「近くにいるんだろうね」と、にこにこして、眠りに就きました。
なんだか私、今までと違う世界へ行きそうですね。
・・・・・・・・・・・・・・・・
HP拝見しました。
「自分の感じたことが、今度は、住職さんを通じて他の方へ・・・また、それに何かを感じてくれる方がいる」とても嬉しく思います。私の毎回の長メールも何かのお役に立つことがあるんですね。
HPに載せて頂いて、ありがとうございます。」

私の方こそ嬉しいメールを頂いて「幸せを有難うございます。心から感謝申し上げます」
皆さんも幸せを頂いて下さい。「人は皆幸せになるために生まれてきた」と私は信じています。
そのためには心の修行をしなければなりません。どんなことがあっても、自分は幸せになるんだと、自分と神仏を信じて、仏心をもって問題解決していくことです。どうぞ精進して下さい。

信じる心 H21.11.15

先日のメールの中に「何故、神仏を信じて、信じ切れるのか解らなかったけど、何となく解ってきたの」とありましたが、私は生まれたときから、いつも仏様がおられた。祖母や両親から仏様の御利益、有り難さ、摩訶不思議な出来事等聞いて育った。僧侶になり神仏のお言葉を頂いたり、見せて頂いたり、感じたり、考えてもないことが言葉になったり、不思議な体験をさせて頂き見えない世界が本当にあることを実感している。また、祖母や両親が言っていたことが本当だったと確信している。信じるなと言われても信じざるを得ない。有り難いことです。
神仏を信じることがどれだけ素晴らしく幸せに生きられるか私は知っている。
だから皆さんに神仏を信じて、どんなことがあっても信じてと強く言える。
そして、今年は人が幸せになるためには愛(慈悲心)が大切であることをしっかりと教えられた。
先日、信者さんが訪れて東京に住んでいる22歳の息子が来年同棲するという。「結婚して離婚すると籍が汚れるから、一度同棲して結婚を決める」と。物わかりの良い親とばかりに言う。籍が汚れなかったらそれで良いのだろうか。勿論結婚すれば良い話であるが。
仏様の世界から見た時、男女の交わりは夫婦のみ許されている。夫婦以外の交わりは、十善戒を犯し、来世の因縁宿題をつくり、子孫には色情因縁を残す事になる。恋愛は多いにしてほしいが守るものは守ってほしいし、守ってあげてほしいと思う。古いかもしれませんがだから世の中がおかしくなると思います
愛(慈悲心)もいろいろありますが、親子愛、兄弟愛、親戚、友人、自分を取り巻く全ての人を愛して(好きになって)ほしい。神仏を信じる心と愛する心(慈悲心)があれば、人は必ず幸せになると私は神仏に教えらました。そしてそのことを皆さんに伝えたい。幸せになってほしいから。どうぞ私の切なる思いを受け取って下さい。そして幸せになって下さい。心からお祈り致しております。合掌

逃げないで H21.11.16

人間は弱い生き物です。だから強がるんです。そして、疲れて誰かにストレスを向けて、自己嫌悪に陥っていく。
今起こりうる全ての問題は、「必要、必然、ベスト」と受け止めて、前向きに解決してほしい。
その方が心もさわやかですよ。
誰かのせいで私はこうなったと根本的問題から逃げないで。誰かのお陰で私の心は強くして頂く。強くして頂いたと感謝するぐらいの気持ちで問題を対処してほしい。
あなたなら出来ますよ。頑張って下さい。

気楽に生きよう H21.11.18

「生んでくれて有難う」「生まれてきてくれて有難う」これは、跡取りしない宣言をした長男と坊守(家内)との会話である。こんな言葉を言うときは人生楽しくてたまらない時か、生きることに疲れ果てて母恋しい時である。どうも息子は体調をこわしかなり疲れているようだ。坊さんになるつもりで学会(坊さんになるための修行)を受けたが、志半ば他の道を選択している息子。今更お世話頂いた方の手前、学会は受けませんとも言えない。夜中の3時起きの修行。今回の学会(満了まで数年かかる)は終わったが、寺生(お寺に住み込んで手伝いをしながら学校に通う学生)で日々の忙しさにも疲れているし、未来に対する不安。現実の厳しさを感じているようだ。これも神仏から与えられた試練なのだろう。父親としてただ見守るしかない。しかし、まだ息子は母親に「僕、体壊して死ぬかもしれない。祈っといて」と甘えるから救われる。
人は皆、肩はって強く見せようとする。一度弱みを見せると自分が崩れていくと思うのだろうか。弱みを見せた方が人間らしいし、気楽に生きられる。手を差し伸べようとしてくれる人も現れる。その時素直な心で、アドバイスしてくれる人の話に耳を傾け、実行していくこと。そうすればお互いの心が通じ合えるのではないだろうか。たまには弱みを見せて気楽に生きよう。

諦めて H21.11.19

この住職さん「逃げるな」と言ったり「気楽に」と言ったり訳の分からない住職だなと思われるだろう。自分が持って生まれた試練、宿命から逃げてはならない。この世で与えられた宿題をやらなければ、本当の幸せは来ない。逃げれば逃げるほど追いかけてくる。しかし、我慢して生きるとストレスとなる。だから、これは自分に与えられた試練、宿命と諦めて(仏教語で明らかにする、明確にする=明らかに明確に物事を見る、分析するという意味)しっかり現実を受け入れて前向きに、明るく対処してほしい。そのためには心の支えである神仏、ご先祖様を信じて、私は、必ず幸せになる、乗り越えられると自分を信じて生きてほしい。自分は守られていると心から感じたとき、神仏はあなたの心に入ってきてしっかりお力を貸して下さいます。しかし、いくら神仏に守られていても人は一人では生きられない。孤独と不安である。だから自分を理解してくれる人を見つけてほしい。そのために弱みを見せた方が人間関係は案外上手くいく。夫婦でも友人でも同僚でも強がらずに素直になって楽しく気楽に生きよう。肩の力を抜いて抜いて。

刺激を与えられる存在 H21.11.20

「親方様の言われた、人が人であることの美しさ。そんな生き方をしたい。そのためには、自分は何が出来るか。何も出来なくても刺激を与えられる存在でありたい」これは、大河ドラマ直江兼続の役、妻夫木聡さんがアナウンサーの質問に答えた言葉。自分の生き方、どんな人間になりたいのか、周りの人にとってどんな存在でありたいのか、目標をしっかり持って、一日の終わりには、感謝と反省。自分を振り返り向上心を持ちたいと思う。
今日は、宮崎県高千穂から母、三姉妹にご主人、孫にひ孫4世代の大家族がお参り下さった。
さすが天の岩戸神社のある高千穂の方々信心深い。その中に酪農農家に嫁いだ三女の方の話。
「一頭の牛を育てるのに15万円かかります。内は米を作っているから藁を買わなくてすみますけど、今一頭20万円から30万円でしか売れません。大変なんですよ。でも、その分子牛が安く買えるから今の内買っておこうかと思います」こう話す三女の方の眼は生き生きとしている。米は作り牛は育て、今から寒くなり朝早くからの労働は辛いであろうに、「一生懸命に生きる人は美しい」私達は次の世代に何を伝えたいのか。残していくのか。一生懸命生きていたら伝わるのだなと感じた一日でした。

観音様のお慈悲 H21.11.21

中年のご夫婦での歩き遍路。お参りが済まれるとご主人が奥様に優しく「ちょっと休憩していこうか?お茶飲む?」と声をかける。楽しそうに会話されるお二人の笑い声が境内に響き渡り、のどかで幸せな時間が流れていく。
話は変わって、今日は観音様から厳しいが有り難いお慈悲を頂く。信者さんから「朝こんな夢を見ました」と尋ねられる。大切な人との別れの夢。私は頭を抱える。信仰される方が朝方見る夢は正夢である。その旨伝えると「絶対にそんなことはない」と受け入れない。ところが観音様が「2年半前から取り組んでいる問題を解決したとき宿命は変えられる」とお言葉を下さった。目の前に後光が差したような思い。それにも益して有り難いのは、信者さんの祈願の時、観音様が歯を見せて笑われた。お大師様も微笑まれた。私はいつまでも頭を深々と下げ御礼申し上げた。信者さんの苦しみは私が一番知っている。努力しているにもかかわらずまだ頑張れと厳しい言葉を言ってきた。それでも良くここまで付いてきてくれたと胸が熱くなる。やっと報われる日が近づいた。後は信者さんが心新たに精進してくれる事を願う。半年前に12月成就するだろうと言っていたことが現実となる。勿論これは始まりであり最終目的の幸せにはもう少し時間がかかる。しかし道は開けた。観音様のお慈悲に感謝感謝。本人の努力に乾杯です。

いい夫婦の日 H21.11.22

今日は11月22日いい夫婦の日。信者さんの娘さんの結婚式。親子二代でいい夫婦の日に結婚式を挙げる。幸多かれと心からお祈り申し上げます。
先日、在家得度の件でお話を伺いたいと信者さんがご来山。在家得度とは、普通に生活をしながら、仏様とご縁を結び、仏の子となり世のため人のために自分を生かし、また自分を高めて仏縁を持つことです。「一番大切なことは、仏様の心が無ければなりません。しかし、その前に家族の許しが無ければなりません」とお話していましたら今日来られて、「主人に在家得度の件話をしましたら、あなたは人のお世話が好きなのだから多いにしなさい。それどころか遅すぎるぐらいです」と言われたそうです。何と理解のあるご主人だろう。また、そう言われる奥様も素晴らしい。いい夫婦の日にお話聞かせて頂いて心温まるいい日でした。世の中の夫婦がお互いを理解し認め合って協力し合い幸せな人生を過ごして頂いたらと今日の日に強く願います。

私の命と引き替えに H21.11.24

「私の命と引き替えに」これは先日観音様から「宿命は変えられる」とお慈悲を頂いた信者さんからでた言葉。私は大きなため息をつき五年前の命乞いの時の事を話す。信者さんと4人で般若心経千巻行を行った。そして、最後の般若心経も終わり有難うございましたと深々と会釈したとき見せられたのはお位牌だった。それでも諦めきれず毎日21巻のお経を唱え、「私の命を10年差し上げますからどうぞ助けて下さい」と命乞いをした。しかし、信者さんは悪くなるばかり1ヶ月近くなり、私の疲れもピークとなり気のゆるみから私の命10年ではやっぱり助からないのかと思った瞬間、膝元に突然口元は蛇なのだが角が生えかけている不思議な生き物が現れた。数日後信者さんは亡くなられた。今思うと、あれは神仏を信じ切れなかった私の心だったと思う。私の心は蛇は脱出したが竜神にはなれなかった。もしも、あの時最後まで必死だったら信者さんは助かっていて私は10年命を差し上げていたと思う。あなたが半端な気持ちでなく、心から神仏に願うならばお父様の命は助かるでしょう。その代わり神仏との約束は守らなければならない。あなたは必ず死ぬんですよ。それでも良いのですか。「……………」だったら軽はずみな事は言わないことです。親より先に死んだら親不孝者です。しっかり精進しなさい。私はあれから喉を痛めて今だ調子が悪い。しかし、後悔はしていない。真剣だったのも真実だし気のゆるみも真実。あれが命をかけた最初で最後の命乞いかもしれない。いい経験をさせて頂いた。

お百度参り H21.11.25

先日の信者さんが「お百度をしたい」と来山。本堂から地蔵堂の前にあるお百度石を裸足で百周するのだが、簡単そうだが大変である事。足は冷たくなり小さな石があたって痛いし足の感覚はなくなりつまずいて親指の爪を痛める事もある。勿論必死に本尊様にお願いすること。最低心願成就のために3日間と御礼のために1日計4日間お百度踏むこと。「よく考えなさい」と伝え今日は帰られた。「2年半前から取り組んでいる問題を解決したとき宿命は変えられる」と観音様からお言葉を頂いているのだから解決の方に全エネルギーを集中した方がいいのではないか?私は思う。なぜならば、私の経験から心願成就しない時百周の3分の1の30周位をまわったときに観音様から成就しないよとお知らせの鐘が鳴る。もしも信者さんが必死にお参りするならば観音様と通じ合え鐘の音を聞くかもしれない。その時動揺しないかやる気を失うのではないか心配する。信者さんは問題解決に自信が無く逃げているのだろうか?信者さんには出来るからお観音様からお言葉を頂いたのだから、もっと自信をもって神仏を信じて取り組んでほしい。
信者さんの件は問題解決に取り込むよう思いますが、もしも大切な人の命を助けたいのであるならばお百度踏んで下さい。御利益頂きますよ。もし、鐘を聞いてしまったときにはその時点で痛みも無く安らかに極楽浄土へ旅立ちますようにと祈願を変えて約束の期間はお百度を踏んで下さい。

お寺は敷居が高い H21.11.26

「お寺は昔、駆け込み寺として人々の悩みや相談を聞いてくれるところだったが、今はお寺の敷居が高い」と最近よく耳にする。
寺にいる私は案外、井の中の蛙で人々が寺や僧侶に何を求めているのか分かっていないのかもしれない。外から見たお寺、または僧侶に皆さんが何を求めているのか、ご意見、ご質問、ご要望など何でも結構です。コメント頂けませんか。皆さんが求める寺に近づくよう精進してまいりたいと思います。
ご協力宜しくお願い致します。合掌
kanzeon17@yahoo.co.jp

有り難いメール H21.11.27

信者さんから「お寺は敷居が高い」にコメント頂きました。
「お寺は敷居が高い。私も最初はそうでした。でも何時でも全てを受け止め私の愚痴や泣き事に笑顔で接して下さるご住職&奥様。そして御家族の皆様のお優しさに触れ、今では自宅に居る様にくつろいでいます。滝の音色、四季の美しさ、全てが癒しの空間です。皆さんただ遊びに行ってみませんか。何か新しい発見があるかも?素敵な住職さんと奥様と頂くお茶は最高です」信者さんは追伸で携帯にもメールを下さった「誰もが最初の一歩が難しいです。今だから、こんな時代だからお寺は必要だと思います。皆さんが気楽に話せる住職さんのような方が必要だと思います」とコメント下さった。本当に有り難いメールを有難うございました。自信をもってこれからも精進してまいります。合掌

我が家の娘 H21.11.28

地球一周旅行中の娘から11月11付けで手紙が届く。
「お祖父ちゃん、お父さん、お母さんお元気ですか?船旅も残り1ヶ月となりました。早いようで遅いようで早いと思います。この写真は船内企画女装バー「マドンナ」に男装して行った写真です。かっこつけて行ったのに、実はズボンのチャック全開でした。着替える時に気付きました。そんなかんじに毎日楽しんでおります。日本に帰ったら、また旅に行こうと思っています。全国グルメと絵を描く旅。あと関西にまた住もうかと思っています。最近お土産に悩んでいます。ほぼ食べ物です。いいでしょうか?明日はペルーです。マチュピチュにも行きます。○○より」
娘は京都の芸術短期大学を卒業して嵐山の美空ひばり館に勤め、夢が叶わないと京都から帰ってきて夢を現実のものとした。そして帰国後は全国グルメと絵を描く旅の夢を描いている。親は何を考えているのかと頭を痛めるのだが、人様のお布施で暮らさせて頂いているのだから贅沢はしない、させないと言って育ててきたのだから、1円の援助もないことは分かっているだろう。今回の船旅も援助は0円。娘の事だから、多分計画的に実行にうつすのだろう。娘曰く、若い内にやりたい事はやっておきたい。結婚したら出来ないし後悔はしたくないと。
若いっていいですね。皆さんも今したいこと後悔しないよう頑張って下さい。

お不動様のお説教 H21.11.29

先日28日。今日はお不動様のご縁日だからお不動様にお供え物をさせて下さいと信者さんがご来山。信者さんがお参りを始めた途端、お供えの柿がゴトゴトと落ちた。こんな事はあり得ないなぜなのかと思い、信者さんにどんな気持ちでお供えされたのか尋ねてみた。すると信者さんは「私は本尊様横のお不動様にお供えをさせて頂きたくて柿を持ってきました。ところが住職さんは自分が思っていないお不動様
(本堂内には2体のお不動様が祀られている)にお供えされました。あれっと思ったんですけど言えなくて」と。私は自分のしたことに真が無かったと反省した。今回の事はお不動様からの「何事も真を持ってなせ」とのお説教だと思っている。なぜならば前日、坊守と「真とは何か」と会話をしたばかりだった。「お前はまだまだ真が足らないぞ。もっと精進しなさい」とお不動様から教えられました。もう一度自分を見つめ直そうと思います。

お不動様のご褒美 H21.11.30

毎朝8時にモーニングコール。2学期に入って一度も出てくれない。今日もいつものように、コールを数えながら1.2.3「おはようございます。いつも電話に出なくてごめんなさい」一瞬びっくりして我に返る。「電話に出てくれて有難う。元気に学校行ってらっしゃい」「行ってきます」短い会話だったが、久しぶりの高校生の声はとてもさわやかだった。こんなに感動したのは久しぶりだ。明日からがまた楽しみになった。昨日から少々落ち込み気味の私にお不動様からのご褒美なのか。
昨日は、お不動様からのお言葉とは言え信者さんに厳しい事を話した。話をしながら「私は鬼だ」と自己嫌悪に陥った。誰が考えても信者さんが正しいはずなのに「理は相手にある。諦めなさい(仏教語で明確にする)相手を批判するよりも、怨み辛みの過去は捨て、仲良く和合していくことだけを考えなさい。自分が変われば自ずと相手も変わるだろう」とお不動さんは厳しい。どうも相手の方が周りから見てたとえ間違っていたとしても通らなければならない道だったようだ。もし間違っていた道だとしてもこの道を通らなかったらもっと悲惨な現実が待っていたらしい。だから、お不動様は相手に理があると言われたのだ。しかし、信者さんの事を思うと胸が痛い。そして今朝を迎えていた。心に光が差したような喜び。後は、信者さんがお不動様のお言葉をしっかりと受け止めて実行してくれることを心からお祈り致します。合掌

総仕上げ H21.12.1

今年もあと残すところ1ヶ月。初夢で「自己を見つめよ」とお言葉を頂いて自分なりに精進してきたつもりだが、先月のお不動様からの厳しいお言葉「誠を持ってなせ」後1ヶ月総仕上げに向けて、もう一度自分を見つめて心(魂)を磨こうと思います。「困ったときは祖聖大寺の住職がいる」そう思われるような存在になるよう精進してまいります。気合いを入れて頑張ります。
先日の「お寺の敷居は高い」にコメント下さった方々有難うございました。皆さん「敷居が高い」とコメント頂いたことはびっくりしました。しかし、「勇気をだしてお寺に来て良かった」と皆さんコメント下さいました。有難うございます。その中のお一人からのメールです。「私は今ルンルン幸せです。神仏、御先祖様、両親、だれに御礼を言えばよいのでしょう。ありがとうございます。そして住職様・・・本当にありがとうございます・・・私本当にウレシイです」少しでも皆さんのお役に立つ事が私の使命です。お寺の敷居は高いと思わないで、いつでも遊びに来て下さい。来れない方はメール下さい。待っています。

向上心 H21.12.2

メールのやりとりの中で「私は住職が考えているような良い人間ではありません」と。勿論謙虚からでた言葉だと思いますが。人は歳を重ねる事に味のある人間に成長していくべきです。自分はこんな人間と決めつけてしまうと足踏み状態で前には進みません。気が付くと自分だけ周りから取りに残され落ち込んでいくことになります。先ず己を知ることから始め向上心を持つことです。人の意見や忠告に耳を傾けしっかりと自分を見つめることです。目先の損得や感情に流されることなく、冷静に物事を判断出来る大人。
日本人は身体は大人でも心は子供と諸外国に言われないように、身体は衰えていっても心は死ぬまで成長し続けるよう(仏様に近づけるよう)常に向上心を持とう。子供や孫に尊敬される自分の生き様を見せよう。それが子孫繁栄と繋がり、自分が生きた証となるでしょう。私も精進しています。お互い頑張りましょう。生きているのだから。

理解 H21.12.4

メールのやりとりの中で「いつも真剣に接してくれる住職さんを、少しは理解できたような気がします。………………私は死ぬまで住職さんの役僧です」と。役僧?まだ師弟関係を持っていないのだが、そう言ってもらえることは嬉しい。しかし、どれだけ私の事を理解してくれているだろうか。人と人のコミュニケーションはお互いを理解し合うことから始まる。相手の長所は理解し尊敬できるのだが、短所はなかなか理解できない。そこで人は意に添わない人と適当に距離をおいてお付き合いをする。しかし、自分にとって大切な人だと、良くなってほしいと思う心から、「おかしいよ、ダメだよ」と相手を責め立て分からせようとする。特に親子はそういう傾向にある。私もそうである。先日信者さんから住職さんは沢山の方を救っておられるとメールを頂きましたが私の返信は「人を救う、心を救うというのは、なかなか難しいです。いつもこれで良いのか?良かったのかと?と葛藤しています」と。厳しいことを言えば人はついてこない。かといって優しく話を聞いてあげるだけでは、人は本当の幸せをつかむ事は出来ない。
学生時代先輩から、人を救うことがどれだけ大変なことか分かるかと言われたが、本当それを実感している。「高野の山の岩陰に大師は今だおわしますなり。空海の心の奥に咲く花は弥陀より他に知る人は無し」とお大師様の心を詠われたのだが、私の心のなど理解してもらえるはずはない。しかし、相手にしたら厳しいことばかり言って私の事を理解してくれないと思うのであろう。お互いに理解、寄り添う事を考えてこれからも精進していこうと思う。世の中の人がみんな理解、寄り添ってくれることを心から願う。

励ましのメール H21.12.6

昨日の住職のひとり言を読まれて、数人の方からメールが届く。
最近の住職さんは「自分は厳しい」って思っているようですね。
以前、住職さんからのメールで「私は厳しいですか?」と、ありましたが・・・「心」のある厳しさだったから私の心に響いたのだと思います。去る方もいらっしゃるでしょうが、救われ幸せになった方々も多いと思います。そして救われたのは相談者の一人だけではなく、その家族や周りの人達も幸せになれた。今、それを実感しています。私は幸せにして頂きました。これから周りの人達と共に幸せの輪を一人でも多く広げられたらと思っています。そして何より「感謝(ありがとう)」が全てだと思っています。あなたはどうして幸せなの?と訪ねられたら、胸をはってこう答えます。
「祖聖大寺」とご縁を頂いたから・・・と。
もうお一人は「今日のお話少し難しかったけど、住職さんの基本理念でわかりやすく、私も頑張らなければと思いました。明日は修行道場。また幸せになる人が増える日ですね。頑張って下さい」と。
先日、「私は鬼だ」と思いながらお話をさせて頂いた信者さんからは「住職さんの気持ちいつか分かって下さいます。私がそうだった様に。いつもの通りで大丈夫です。元気だして頑張って下さい」
私の心を理解して励ましのメールを下さいました。有難うございました。これからも私の心を伝えていきたいと思います。昔、「住職さんは僕の心に語りかける」と言われましたが、皆さんの心に、魂に私の思いを語りかけていきたいと思います。自信をもって頑張ります。有難うございました。合掌

親子の絆 H21.12.7

四国霊場巡りをされた信者さんとの会話。
「なぜ、霊場があるんですか」「?……まぁ~ビジネスとしては凄いですね」私は絶句。
「霊場はお大師様が人々を衆生済度のため開かれたのですよ。あなたは、なぜ霊場巡りをしているのですか」「うむ~心が落ち着くし、自分を見つめることが出来るから」「自分を見つめるのなら、お願いしたお父様の事許してあげていますか」「毎日、お茶を供え、読経していますよ」「あなたには、一杯のお茶に有難うという感謝の心が込められていますか。ただ、供えて読経しているのではありませんか。仏様はあなたの心をいただいているんですよ。」「死ぬが死ぬまでお前はつまらんと言われた父に、感謝しろと言われても……一度青森県の恐山に行って、いたこさんに父がどう思っているのか聞いてみたいと思っています」「もし、お前はつまらんと言われたらどうしますか」「……………」「今以上に怨むのでは無いですか」「お父様がどう思っているか教えましょうか」と言うと、信者さんは眼を見開いて身を乗り出した。「お父様は死んで閻魔大王様の前に行って始めて、息子をダメにしたのは自分だったと気付いて、すまなかった。悪かったと頭を下げ懺悔していますよ。ですが、あなたも長男である息子の将来を案じた父親の思いを受け取れなかったこと懺悔して和解しなければならないのではないでしょうか。和解して始めて、一杯のお茶も読経もご先祖様に届けることが出来るのです。もう一度自分を見つめて、本当の家族、幸せな家庭を築いて下さい」と。私は信者さんに一日も早く本当の幸せが訪れることを心からお祈りします。
親子は、出来るものなら生きている内に絆を深めてほしい。自分が親と繋がっていない人は不思議と子供と繋がらない。仏教では因縁を説きますが、原因と結果。自分が親と繋がらなかった結果子供と繋がらない。しかし、誰かがどこかでこの因縁を切らなければ永遠に続き子孫繁栄しない。もし、この住職のひとり言を読んでいる方で、思い当たる方はこの因縁をあなたが切って下さい。子孫繁栄のために。 合掌

篠栗霊場を巡礼される理由 H21.12.8

朝早く、最近よく参拝される70代の男性の読経が境内に響き渡る。心のこもったお経。しっかりご本尊様に届いている。こちらまで嬉しくなる。男性は篠栗参りをする理由を話して下さった。近所に信仰心の篤い友人がいて篠栗参ったら良いよと言われたこと。健康のため家の周りを散歩していましたが、どうせ歩くのなら篠栗の新鮮な空気と四季折々の美しい景色を散策しながら歩いた方が良いこと。25歳で本四国をお参りしましたが死ぬまでに一度歩いてお参りしたいと思っていましたが、この歳ではもうそれも叶わないので、その代わりに篠栗を1ヶ月に3周、3年で100周まわる目標を立てて歩いている事。「人間は目標を立てないとなかなか実行できませんからですね。しかし、雑念が入ってなかなか無心にはなれませんね」と。本人は謙遜せれて言われるが念の入ったお経。神仏と一体となっている。私の額にパワーが届く。ご自分では感じていないでしょうがしっかり御利益頂いている。
話は変わって、昨日夢を見たので誰かの命日ではないかと思い調べてみましたら、生まれて1週間で亡くなられた母の弟。叔父の命日でしたので夜遅くに申し訳ございませんがご供養して下さいと親子でご来山。住職のひとり言の「親子の絆」をお話させて頂きお帰りになられたのだが、真っ暗なお滝場に降りていく親子。「待ってよう」という娘の足下に懐中電灯の灯りを照らす母。二人で一つの灯り(仏道)をを目指して歩いてくれたらと願う私でした。1時間後娘さんから「無事家に送り届けました。母は母なりに頑張っています」とメールが届く。今までは母親のこと否定ばかりしていた娘さん。これから楽しみだと思っていたら、今日はお母様から携帯に電話がはいる「昨日のお話は私にお話して下さったのですね。お茶をお供えしても読経しても許す心がなかったら届かないんですね。私頑張ります」と。自分が先祖と繋がっていないことに気付かれたようだ。今までは私が「頑張って下さい」といっていたのにご自分から「私頑張ります」と言われたのはびっくり。これからが楽しみ、親子の絆深まりそう。

観音様のお導きとお慈悲 H21.12.9

昨日の娘さんから「やっと、ここまで来ました。ご住職様のお陰です。有難うございました」と電話を頂く。「お観音様のお導きとあなたの努力の結果です。よく、ここまで頑張りました」「いいえ、ご住職様がいなかったらここまで来れませんでした」「あなたが私の厳しい言葉に逃げずに付いてきてくれたからこそ、ご本尊様のお慈悲を頂くことが出来たのです。本当に良く辛抱して付いてきてくれました。これからが楽しみです」と………。私がどんなに頑張っても本人が努力しなければ、ご本尊様のお慈悲を頂くことは出来ません。全ては本人の努力の結果です。まだまだ解決したわけではありませんが、先は見えてきました。後は時間の問題でしょう。私も胸をなで下ろしています。本当に良かった。さて、ご本尊観音様は今度はどなたをお導き下さるのでしょう。もしかしたら、あなたかもしれませんね。合掌

勇気をだして H21.12.10

先日の住職のひとり言を見てメールが届く。
「毎日ドキドキワクワクしながら見てます。良かったですね。次は誰の番かな?私かなと思っている皆さんがんばりましょう。みんなで幸せになりましょう」と。ありがたいメールです。お寺は敷居が高いかもしれないけど勇気を出して一歩踏み出して下さい。現在親子の絆深めてほしい方が数名頭をよぎります。私の方から声をかけたいのですが、本人が自分から幸せになりたいと思わないとなかなか成就しない。本人がその気になるまでじっと待っています。早く来い。早く来いと待っています。勇気をだして…………。
今年も終わりますよ。過去の自分を捨て新しい年と共に生まれ変わりましょう。待っています。合掌

悩みは幸せの入り口 H21.12.11

先日、あるサイトに「幸せになるために先ず自己を見つめましょう」と送信してみた。2件のコメントが返ってきた。お一人は「幸せは自分の心の中にあると思う。あ~、天気は良いし、飯はうまい。生きることは楽しい」と。多分定年退職をされて、時間もお金もあって、楽しめる余裕がある男性のようです。もうお一人は「自己を見つめるってどうしたらいいのですか」私曰く「自分に素直に生きることです」「自分に素直に生きたら、人を傷つける事になる。特に言葉は難しい」と。悩み多き20代の女性のようでした。
悩むと言うことは幸せの入り口です。悩んで悩んで疲れて悩んでやっと気付くのです。悩むのがアホらしいと。もっと気楽にこだわらず、なるようになる。もしくはなるようにしかならないと思うところまできたら幸せは近づく。但し、ここからは仏心を持って行動する事。人間は楽な方へ楽な方へ行こうとする傾向があるから、我欲や我が儘では幸せにはならない。多分定年退職の男性も悩んで悩んで今があるのだと思う。彼女の言うように確かに言葉は難しい。しかし、人は話をしなければ何も始まらない。お互いを理解することも出来ない。相手に気を遣いすぎて何も言えない様では本当の友達も信頼関係も出来ない。私が言う素直に生きると言うことは「自分が好意を持っていることを相手に伝える事」そういう接し方を心がければ良いという事。もし、自分の意に添わないときは、許す心と待つ心を持つこと。いつか分かってくれると信じて祈ること。自分が嫌わない限りいつか分かってくれるときが来ると思います。これを仏心(仏道)といいます。さぁ~、生きているうちに遠慮せず何でも言える友達を何人つくれるか挑戦しましょう。
歳を重ね人生を振り返ったとき「若いときはあんなちっぽけなことで悩んでいたな 」と懐かしく思うときが来ると思います。その時、あなたはきっと幸せなはずです。

すす払い有難うございました H21.12.14

昨日、今年最後の納め供養祭の後、本堂内のすす払いを行いました。8名の方が残って下さり3時間かけて堂内は綺麗に清められ一年のすすを払うことが出来ました。お陰様で気持ちよく新しい年が迎えられます。有難うございました。御礼申し上げます。
話は変わって、今朝お稲荷様をお参りしていると、顔は仁王様のように厳めしい顔付きで、髪は魔法使いサリーの父のような髪型の仏様が現れた。陀吉尼天様(お稲荷様)であろうか?有り難く朝から最高、幸せな気持ちになる。幸せというと、また難題を抱えたが幸せに近づいていると感じられる信者さん。やっと私の思いを受け止めてくれて素直に生きてみますとメール下さった信者さん。不動堂の寄附を送金しましたとメール下さった信者さん。毎日楽しいこと、有り難いことばかりです。今日は出かけていて戻ると小包が届いていた。開けてみると親子で書いた30枚ほどの写経。42歳の息子さんは3年ほど前に脳梗塞で倒れ不自由な身体で有りながら亡くなった父親の供養のために一生懸命書かれた写経。母もまた亡くなったご主人のための写経と仏様に20枚ほど胸当てと竹まで付けたさらしのタオルを奉納されていた。どんな思いでミシンかけをされたかと思うと胸がつまる。信者さんの思いをしっかり受け止め精進していこうと思う。夕方の勤行の時、本堂内はガタガタ、ガタガタこんなに音がしたのは初めて。きっと亡くなったご主人が喜んでおられるのだろう。さあー、明日は御祓いを頼まれている。気合いを入れて頑張るぞ。皆さんに生かされている事感謝します。合掌

今日は最高 H21.12.15

今日は、念願の方がご来山下さった。半年前12月に親子三人で本堂お参りされている映像を見せられた方。現実となった今最高の喜びである。なぜなら家族の絆深まるスタート。もう少し時間はかかるけれど幸せな家族の団らんが見える。これでひと安心。良かった良かった。
今日は、娘が帰国。少々太ったと帰ってきた。やれやれ。また、南極越冬隊で頑張っている弟から久しぶりにメールが届く。「こちらは、夏になり暖かい日が続くようになりました。除雪三昧の日々にも終止符です。雪国の人達の苦労が身に沁みました。商店街のジングルベルが懐かしいです。帰る日を夢見て、安全に過ごしたいと思います。少し早いですが、良いクリスマスと新年をお迎えください」

陀吉尼天(ダキニ天)様が現れた理由 H21.12.16

先日14日の住職のひとり言で「今朝お稲荷様をお参りしていると、顔は仁王様のように厳めしい顔付きで、髪は魔法使いサリーの父のような髪型の仏様が現れた。陀吉尼天様(お稲荷様)であろうか?」と。同じくその日に「不動堂の寄附を送金しましたとメール下さった信者さん」と書きましたが今日、100万円の寄付金が入金されました。有り難く信者さんの思いをしっかりと受け止めて精進して参りたいと思います。有難うございます。感謝致します。
14日の信者さんからのメール「本日、不動堂寄付金を郵便局から振込みしました。お納め下さい。金額に関しては、受け取られるほうからみてどう思われるか・・・私の《気持ち》です。
お金と言うものはなんでしょうかね・・・無ければ生活出来ない、ではいくらあったらいいのか。
子供の成長、結婚資金、病気になった時、老後の為・・・きりがありません。でも、あの世までは持っていけない事はだれでも知っています。私は「お金持ち」ではありません。でも会社からお給料を頂き、生活は出来ています。住むところも両親が残してくれました。
わずかですが両親の命と引き換えに(生命保険)お金も頂きました。以前少し話したと思いますが、両親はお金で苦労してきました。ですから両親のお金は使う事が出来ないんです。今までそのお金を使ったのは葬儀・お墓のリフォーム・家の南側の土地購入。
両親からのお金は「生きたお金」として使いたいと思っています。で、今回振込みをさせて頂きました。私は「人を救う」なんて事、出来ません。でも沢山の人の願いを住職を通じて「皆さんが幸せ」になるのなら、「不動堂寄付金」は生きたお金だと思いました。両親にも事後報告ですがしました(般若心経と共に)」と。
ご両親が残された大切なお金、信者さんの思い、しっかり受け止め私に与えられた使命これからも精進してまいります。しかし、神仏は凄い何でもお見通し、陀吉尼天(ダキニ天)様が現れた理由がよく分かりました。合掌

悩み苦しみ H21.12.17

なぜ人は悩み苦しむのだろうか。どうしたら悩みや苦しみから解放されるのだろうか。
色々考えてみた。一人だから孤独で不安。誰も頼る人がいないから淋しい。まだまだいろいろあるのだろうが行き着くところはこんなところなのか?
だとしたら私を頼ってほしいし、お寺に来てほしい。今日頂いたメールを紹介します。
「先日はありがとうございました!今年は7月から何度もお邪魔して、色々話を聞いてくださって、有難いお話もたくさんありがとう
ございました。私は、本当にご住職様と出会えて良かったと思います。どんな言葉を書けばうまく伝わるか…考えてますけど、やっぱり…大好きです!出会えて良かったです!今日 気持ちだけ長崎の角煮まんを送りました!召し上がってくださいね。来年、また伺います。良いお年をお迎え下さい」と。
お寺の敷居が高いのは、お布施の心配をしているからなのだろうか。お布施はお金だけがお布施ではない。身体を使って布施する事も出来る(奉仕)。一番大切なのは自分が幸せになること。そうすればいろんな事が動き始めて運気は良くなる。健康も仕事運も金運も付いてくる。縁ある人も幸せにしてあげられる。そのためなら私を頼ってほしい。それを私は望んでいる。ここに来ることが出来ないのならメールを下さい。いつでも待っています。勿論無料ですから。生きているのなら幸せになりましょう。

行動力 H21.12.18

今日は寒い。心までは寒くならいよう気を付けたい。
昨日、娘がパソコンの前でなにやらブツブツ言っている。尋ねるとリゾートアルバイト会員登録をしたらしい。どうも日本一周旅行とはこういう事らしい。朝早くから夜遅くまで大変でだろうに。普通にOLしたらと言うと普通ほど面白くない人生はない。刺激のある人生の方がスリルがあって面白いし楽しいと。我が子ながら頭が痛い。しかし、娘の行動力には感心する。小学校一年生の時将来はハワイに住みたいと言っていたがこれも夢で終わらない気がする。
人生は一度しかない。今やりたいことや夢に向かって努力する事は大切なこと自分の自信になる。娘曰く「我が家の親子関係は調度良い関係で、したいことさせてくれるけど放任主義かな」と。私曰く「反対したことろで自分の意見を通すだろう」と。親の気持ちも分からず何を言っているのかと思うが、将来子供を持ったとき初めて親の気持ちが分かるのだろう。

霊場巡り H21.12.19

昨日、寒い雪の中、名古屋から40代の女性が歩いてお参りに来られた。「お参りさせて下さい」と謙虚でさわやかな女性でした。名古屋の知多霊場巡拝をすませて篠栗参りをしていると言う。一文字一文字心を込めて書かれた写経には「妹が悔いなく元気に過ごせますように」と書かれていた。42歳の妹さんは末期の肺ガンだそうだ。妹さんのために歩いての霊場巡り。
今日、お姉さんの顔を思い浮かべながら「どうぞ知多、篠栗の仏様、彼女の願いを受け取って下さい」とお願いした。勤行の間ずっと鈴の音が聞こえ、澄んだ鐘の音が堂内に響き渡る。私は仏様はしっかりと受け取って下さっていることを確信した。お姉さんの思いは叶えられ命も少しは延命されるでしょう。もう一つは本人が残される家族との絆を深め思い残すことなくこの世の心の清算をすればもっと命は頂きあの世に帰っても家族を見守るくらいの力は頂くでしょう。奇跡が起こることを遠く篠栗から祈ります。
霊場巡りをするということはあり得ないような奇跡が起こる。心から仏様にすがれば御加護いただける。私は霊場巡りをおすすめします。特に歩いての巡拝は自己を見つめ生きる力を頂きます。
すぐに御利益頂かなくともちゃんと神仏は見守っていますよ。信仰は素晴らしい。合掌

和解 H21.12.20

今年、意見の相違から疎遠なった信者さんに12月に入って「滝場のお不動様が待っていますよ」とメールを送った。残念ながら返信メールは来なかったが、数日後滝場のお不動様が信者さんがお参りに来られた事を教えてくれた。信者さんにはいろんな事で大変お世話になり感謝している。ただ、人がなぜ憑依されるのかどう対処するのか意見が分かれ、疎遠になったことは今年の心残りである。これは来年の宿題になりそうだ。いつか和解してお互いの意見は意見として尊重したいと思う。なぜなら、このご縁はお観音様と信者さんの亡くなったお父様とのご縁でお父様が心配しているからである。

お大師様 H21.12.21  

今日は、納め大師の日。今年も一年色々とお力を頂きました。最近は笑みを浮かべられ私の心を癒して下さいます。先日、今年一番お大師様から御利益を頂いた方に、どうしてもお大師様と向き合って頂きたく、本来本堂内陣は僧侶しか入れないのですが、お大師様と気が済むまでお話しして下さいとお参りして頂いた。終わられて「何か言われましたか」と尋ねると「何も言われませんでしたが1本線香を上げなさいと言われたように思いましたので線香を供えました」と。その意味を私は信者さんに話す「あなたは一度死んだのです。だから線香が1本なのです。あなたは生まれ変わったのですから過去は捨ててこれからは仏心を持って生きるのです」と。お大師様の心が信者さんに届いたことは大変嬉しかった。きっとこれからも導いて下さるでしょう。
夜、信者さんから「私のことで二度と心配をかけないように少しだけ真剣に生きてみます」とメールが頂いた。来年、信者さんの年回りは真っ白「運気は盛大な勢いを含み、自重して進めば繁栄の基礎となり得る一年」とある。しっかり精進して頂きたいと思う。

敬愛 H21.12.22

昨年、12月から3人で2週間おきにお行が入って1年が経つ。今日は今年最後のお行。娘も一緒にすると言うので4人で勤行行をした。無事終わって、「今日はうるさかったね」と言うと、娘が「明るい人がいっぱい来ていたね」と言う。今日はお不動様横の扉が開いた。勿論お不動様の横に扉などないが。同行の信者さんの道は開かれたという事なのか?観音様は「敬愛」といつもの様に諭された。この行に入って「愛」の大切さをずっと説かれる。人が生きていく上で一番大切なことと教えて下さっている。この行、いつになったら終わるのか。観音様の許可が出るまで続くのだが、今年はいろんな事を教えて頂いた有り難い年になった。来年も神仏のこのご恩に報いるよう精進していきたいと思う。今日は冬至、ゆず湯に入って心身健康、無病息災。何と言っても心と身体が健康でなかったら人を愛する心のゆとりももてない。

心の修行 H21.12.23

時としてお不動様は厳しい心の修行を与える。昨年12月にお不動様から与えられた心の修行は人生において二番目に苦しかった。あれから一年、お不動様(神仏)は私に本当の愛の大切さを教えてくれた。二週間おきの勤行行が始まった理由である。時々お不動様は私にお試しをする。本当に愛が分かっているのか、心のお試しである。人を愛することの大切さを教えてくださった今は余り物事に同様しなくなった(慈悲心)。私の指針としている「全ての者を愛し慈しみ、許せる心を待つ心を持ちたい」に少しは近づいてきた?
人には、時期というものがある。分かるときが来ないとどんなにお話しても分からない。昨夜7時にご来山下さった信者さん。「私が話すべきことは全てお話をしました。もうお話しすることは何もありません。後はあなたが実行するだけです。今そのときが来たのです。今を逃したらいけませんよ」と。今日も電話が鳴った「分かっているんですけど」と。人はなかなか過去を捨てきれない。過去にこだわってなかなか前に進めない。早くこだわりを捨てて本当の幸せをつかむために今精進してほしいと願う。
今、NHK大河ドラマ「天地人」の総集編があっているがその中の「人が人であることの美しさ」「夫が妻を思う心も、妻が夫を思う心も、親が子を思う心も、子が親を思う心も、愛から始まるのですね」と言う言葉が胸を打つ。人は相手の事をどうでも良いと思っていたら何も言わない(無視)。言ってくれる内は花としっかり受け止めて心の修行共に頑張りましょう。

仏教とは H21.12.24

世の中クリスマス一色に染まり賑やかだ。キリスト教信者でない日本人はお祭り好きなのでしょう。
しかし、これで家族が幸せになるのならばそれはそれで良いことだ。多いに楽しんだらいいと思う。
話は変わって、仏教とは、昔中国の鳥の巣禅師と言われた名僧に白禅さんが「仏教とはなんぞや」と問いかけたそうです。すると鳥の巣禅師は「仏教とは良いことをして、悪いことをしないこと」と答えたそうです。「そんなこと3歳の子供でも知っている」と。すると禅師は「三歳の子供でも知っているが、80歳の老人でも実行することは難しい」と答えたそうです。
しっかり考えさせられます。最近感じることは、世の中がおかしくなっているのは、孤独寂しさが人の人生を狂わせているのではないか。投げやりで、どうでもいい、みんなしていること、と自分というものを見失っているのではないか。もっと、自分を見つめ良きことをして悪いことをしない仏教の基本に戻りたいと思う。
先日の信者さん動き始めた。良い報告が聞けそうだ。

ご縁 H21.12.26

人はなぜ生まれてきたのでしょう。人それぞれに持って生まれた縁(前世)によってこの世に生を受けた。そして、この世の心の修行によって前世、過去の清算をしていく。今年も沢山の方々との出会いがありました。前世ではどんな関係だったのでしょうか。ある方は「篠栗に入ると前世が見えるんですよ。前世でもねぇ~ねぇ~助けて助けてと言っていました」と。又、ある方は前世兄弟だったのではないかと思える方。ネット上ではお顔も知らない方からのご相談やご祈願、最近は岐阜の方から子授け祈願を依頼されたり沢山のご縁を頂きました。この世で出会う方は偶然出会ったのではなく全て神仏から用意されたご縁。今また新たに神仏から与えられた大切なご縁に、どう神仏のお心を伝えていこうか責任を感じながら模索している。今年は神仏から愛の大切さを教えられましたが、淋しさ(孤独、不安)ゆえに求める愛は時として過ちを犯す。人生をも狂わせてしまう。神仏が求める愛とは「敬愛」敬い愛しいと心時めく愛。そのためには己の心(魂)を磨きお互いが敬い愛しいと思われる様な魅力ある人間にならなければならない。鳥の巣禅師(俗人から離れるため木の上に家を建て住んでいた)が言われるように80の年寄りでも難しい仏教の教えを広め、縁ある方が一人でも多く幸せになれるよう神仏のお心を伝えていきたい。皆さんが幸せになるために幸せの条件、親子の絆深めて欲しい。親もご先祖様も淋しさ(孤独、不安)ゆえに過ちを犯したこと。人生を狂わしたことを理解して許して欲しい。自分に与えられた心の修行によって前世からの因縁を切り、来世の貯金とする事。それは因縁を子孫に残すことなく子孫繁栄と繋げていくこと。自分のために子供や子孫のために生まれてきた意味を今年の終わりにもう一度しっかり感じて欲しい。

納め祈願祭 H21.12.27

今日は、今年最後の納め祈願祭。遠路久留米から初めて参加下さった方、「ご宝号をお唱え始めましたらお大師様の口元が動いて笑っていらっしゃいました」と喜ばれていました。お大師様のご縁によってまた一人幸せの道を歩いて下さるのでしょう。私に出来ることはいつでもお手伝いさせていただきます。明日は一年の御礼報謝のために今年最後の護摩を焚く。本当に今年は有り難い一年でした。
皆さんもどんな年でしたでしょうか。幸せを掴めたでしょうか。
もしまだ幸せを掴めてない方がいたとしても安心して下さい。人は皆、幸せになるために生まれてきたのですから。もう少し精進してみて下さい。必ず幸せになりますから………

納め不動 H21.12.28

今日は、納め不動。今年最後の護摩を焚き、一年の御礼報謝させて頂きました。これもひとえに皆様のお陰です。有難うございます。御礼申し上げます。今日は朝から信者さんがたて続きにご来山下さり忙しい一日でした。本当に有り難いことです。また、今日は忘れられない最高の一日ともなりました。念願の信者さんが私のお願いしていたことを実行して下さり、不動明王より宿命を変えて頂く日となりました。やっと大きな壁を一つ乗り越えたのかもしれませんが、この壁を乗り越えたことは幸せの道をまっしぐらに進むこと。この2年と7ヶ月どんな思いでこの日を待っていたか。感無量です。
私の願いは、一人でも多くの方が一日も早く幸せの道を歩いてほしいと思っています。今日ご来山下さった方が「今まで人生は修行だから生きることは辛抱する事と思っていましたが、その修行を乗り越えたとき幸せが訪れるとは知りませんでした。そのことを知っていたら自殺者を減らすことが出来るのに」と。今年も3万人の方が自殺をされている。親子の絆の薄い人はこの世に存在することすら危ぶまれ打たれ弱い。まだ親子の絆浅い、怨み辛みのある方は心の清算を一日も早くして頂きたい。そして親の愛によって自分がこの世に存在する事と生まれてきた意味を知ったならば、どんなことがあっても乗り越える力と感謝と生きる喜びを感じることが出来るでしょう。